ヤマハの木製電子ピアノTORCHが気になる

2025年2月18日、ヤマハの新しい電子ピアノTORCH(トーチ、型番T01)が発表されました。

ミニマリズムの塊ともいえるソリッドな見た目で、しかも鍵盤にはグラナディラ(アフリカン・ブラックウッド)の希少木材が使用されています。
素材の希少性もあってか量産品ではなく、20台限定の抽選販売になっています。

価格も99万円と高額で機能も絞られた特殊な製品ですが、インテリアピアノの分野では今までにない尖ったコンセプトの意欲作といえそうです。

ボフオ
ボフオ

木工好きにはたまらないピアノ!

公開されている情報をもとに、特徴や注意点をまとめてみました。

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ミニマムな外観

TORCHは側板から譜面台まで、板材を単純に組み合わせたような形をしています。
ピアノとして実用性を担保しながら、構成要素を限界までそぎ落としたようなコンセプトを感じられます。

サステナブルキーボードの製品化

2023年にヤマハ銀座店「楽器の木」展で展示された、非売品のサステナブルキーボード(アンティークタイプ)と外観は似ています。
当時のプロトタイプは木製らしさを強調した重厚感のあるフレームで、足元に貫もあり、側板はTORCHより若干厚いように見えます。

2024年に出ていたサステナブルキーボードは、脚の横材が省略された代わりに、斜めの鋼材で補強されていました。

こうした地道な改良が続けられて、ついに新商品TORCHとして販売されるにいたったのかと思います。

コの字型のフレーム

ローランド×カリモク家具のKIYOLAが北欧家具からインスパイアされたとすると、トーチのデザインソースはバウハウスの機能性・合理性ではないでしょうか。
椅子にたとえるなら、マックス・ビルのウルムスツールを連想させます。

据置型ピアノにありがちな背面のパネルや、貫のような横材も大胆に省略されています。
ペダルも専用設計らしく、本体とケーブルでつながる独立ユニット式なのはKIYOLAと同じです。

さすがにコの字型のフレームだけでは演奏時の揺れを抑えられなかったのか、コーナー部分に金属製の棒材が仕込まれています。
左右からわりと大きく張り出しているので、椅子に腰かけた際、膝が当たらないか少し心配です。

汎用キーボードスタンドのように側板がハの字に開いていれば、金属ロッドはもう少し高い位置に配置して、長さも短く設定できたと思います。
あくまで90度の接合角度と直線的な外観を優先して、金属棒による補強が選ばれたようです。

木工職人なら方杖まで無垢の木でつくりそうなところ、細い鋼材を黒く塗って目立たなく仕上げているところはさすがです。
木と金属という異素材の組み合わせで、合理的な構造になっています。

鍵盤蓋がない理由

ヤマハのTORCHは据置型ピアノにたいてい付いている、鍵盤の蓋がありません。
鍵盤にほこり積もったりぶつけて壊したりしないよう、布かなにかで覆っておく必要があると思います。

コルグC1ローランドDP603のように蓋を閉めると上面がフラットになり、物置やテーブルとしても流用できるよう配慮された製品もあります。
TORCHはそうした邪道な使い方もできず、楽器に徹したストイックな機材といえます。

もし鍵盤カバーを付けたしたら、パネル面に余計なパーツや機構が必要となり、厚みが出てここまでスリムにはできなかったと思います。
彫刻のように美しいグラナディラ製の黒い鍵盤を常に見せるため、あえてカバーを設けなかったという説も考えられます。

ボフオ
ボフオ

ピアノを眺めながらお酒が飲めそう…

安全性やメンテンナンス性も犠牲にして、ポータブルピアノのように鍵盤や操作部をむき出しにした引き算のデザインには賛否両論ありそうです。
少量生産の限定品であるため、「わかる人だけが使ってくれる」という割り切りもあるかと思います。

ここまでエッジの立った設計は、プロトタイプだからこそ可能だったのではないでしょうか。
もしTORCHの量産バージョンが出るとしたら、鍵盤蓋つきで外装もポリウレタン塗装に変更されそうな気がします。

譜面台は着脱式

譜面台も側板と同じ樹皮模様が刻まれ、パネル上面に固定されています。
使わないときは折りたたみできそうな雰囲気もあるのですが、手前に倒すと鍵盤にかぶってしまいます。

TORCHの製品情報ページには、取扱説明書もPDFで公開されています。
マニュアルを読むと、譜面立ては本体上部スリットへの差し込み式になっていました。

参考 T01 ダウンロード 取扱説明書YAMAHA

安価なキーボードやポータブル式の電子ピアノでよく見られる構造ですが、譜面立てもちゃんと木でできているところは、デザイナーさんのこだわりを感じます。
補強の鋼材と同じく、KORG Lianoのように簡素な金属棒で譜面立てをつくってもよかったと思いますが、レーザー加工された板材の存在感をアピールしたかったのでしょう。

壁際に設置すれば、楽譜を壁に立てかけられるので譜面台は必要ありません。
パネルの上に冊子やiPad、クリップボードを差し込めて、手前にずり下がって来ないための溝さえあれば十分といえます。

iPad楽譜

そもそも慣れた曲を弾くだけなので、基本的に楽譜は見ないというユーザーすらいそうです。

シチュエーションに応じて譜面台を丸ごと外せるというのは、高価格帯の据置型ピアノではめずらしい仕様です。
鍵盤カバーと同様に、構造を単純化して本体の厚みをおさえるための、大胆な工夫と考えられます。

ボタン類も最小限

鍵盤カバーを設けずコンソールをむき出しにしたためか、液晶画面がなくボタンやダイヤルも最小限の構成になっています。

写真を見るかぎり、鍵盤の左側に機能選択のボタンが2つ、右側に電源ボタンとボリューム調整用のつまみしか存在しません。
そのため電子ピアノ特有のガジェット感がなく、ぱっと見は生ピアノのように見えなくもありません。

TORCHの説明書によると、音色やデモソングの選択は、ファンクションボタンを押しながら対応鍵盤を押下する方式のようです。

左パネル上側ピアノマークの「設定ボタン」と鍵盤の組み合わせで、音色やリバーブの選択、トランスポーズの設定や、各種機能のオンオフができます。
下側音符マークの「曲ボタン」と対応鍵盤を押せば、各音色のデモソングやプレイリストを再生できます。

鍵盤上部にこうした機能表示のガイドは印字されていないので、付属の「鍵盤操作早見表」を見ながら操作することになりそうです。
とはいえ音色選択以外は使う頻度も少なそうなので、10ボイス程度ならすぐ暗記できるかと思います。

MDFのレーザー加工

TORCHのプレスリリースをよく読むと、グラナディラが使われているのはピアノの筐体ではなく、鍵盤部分だけのようです。
外装は木質ボードにレーザー加工で「グラナディラの樹皮の模様を表現」したと書かれているので、若干まぎらわしいことになっています。

エッチングは高級車内装用の加工技術が適用されていて、クオリティーは高そうです。
しかも木目ではなく「樹皮」の模様というのが独特で、レオパード柄のように2トーンのワイルドな見た目になっています。

鍵盤を木粉から再成型したのと同様、外装も人工的に木質感を表現しているところから、「木材の再解釈」という意図が感じられます。
KIYOLAが無垢の白木にこだわったとすると、TORCHは未利用材やMDFなど木のリサイクルに取り組んだ作品といえます。

化粧板を貼らず木質ボードをむき出しにすることで、接合部や木口に丸みをもたせる加工が可能となったそうです。
TORCHのボディーに思わず触ってみたくなる気がするのは、部材のエッジに大きめの角Rが施されているせいでしょう。

鍵盤周辺のパネルには樹皮模様がなく、木質ボードそのままの等方性を見せているのも渋い表現です。
荒々しいレーザー加飾と、均質なMDFのコントラストによって、派手すぎず大人しすぎない、洗練されたバランスが保たれているように見えます。

サステナブルキーボードの「DIYタイプ」に使われていたOSBボードがMDFに変わったことで、手づくりのクラフト感が減った代わりに高級感はだいぶ増したと思います。

木質ボードも経年変化

木部の塗装にワックスや亜麻仁油など天然材料が使われているのも、電化製品としてはめずらしいポイントです。
鍵盤同様、外装パネルも使っているうちに表情の変化を楽しめそうです。

ただMDF自体は木材チップと樹脂から成形した素材なので、水に弱いという弱点があります。
シートが貼られていないので、表面が水ぶくれして剥離する現象は起こらなそうですが、湿気の多いところには置かないほうがいいと思います。

オイルとワックスで多少のシミは防げると思いますが、パネル上に熱い湯のみや氷の入ったコップを置くのは危険です。
中身をこぼさなくても、温度変化や水分の浸透で輪じみができてしまうかもしれません。

ラッカーやウレタン塗装より自然な風合いを感じられる反面、取り扱いや設置場所には配慮を要するデリケートな仕上げといえます。

グラナディラ製の鍵盤

白鍵まで黒いユニークな鍵盤はグラナディラそのものではなく、粉砕した端材を「木質流動整形技術」で再成型した人工素材のようです。
白鍵部分の木粉比率は70%となっているので、樹脂よりは木材が主原料といえます。

端材のリサイクル

グラナディラはクラリネットなど木管楽器に使われる素材なので、音楽業界の人にはなじみ深いかもしれません。
流行の木軸ペン界隈でも高値で取引される樹種でもあり、ピアノに適用するとはかなり贅沢な設計です。

材料となる木材は、クラリネットやオーボエなど別の楽器製造のプロセスで生じた未利用材とのことです。
革の端材と樹脂を混ぜ固めたリサイクルレザーと同様に、環境への配慮もさりげなくアピールされているところが今っぽいです。

木材と樹脂の複合素材という意味では、文具メーカーのパイロットが得意とする樹脂含浸カバ材(コムプライト)に近いかもしれません。

カスタムカエデのイラスト カスタムカエデは枯れ木のような味わい

積層強化木は乾燥や経年変化で狂ったり割れたりする木のデメリットを樹脂で補い、木の質感はほぼそのままに、安定性や均質性を向上させる技術です。
工芸的な材料である木材とプラスチックを組み合わせ、量産品に適用して品質向上するための工夫といえます。

白鍵と黒鍵の違い

ヤマハのTORCHは鍵盤が白鍵も含めて真っ黒なので、HHKBの無刻印キーボードのような匿名性やプロ仕様といった趣があります。
マットブブラックという色からは、「軍用、黒帯」といった上級者向けの雰囲気も感じられます。

プロトタイプ「サステナブルキーボード」の説明によると、黒鍵部分は成形木材、白鍵部分は高充填WPCで、2種類の素材が使い分けられているようです。
黒鍵はグラナディラ100%の木粉であるため、ほぼ無垢材のように感じられるそうです。

鍵盤の拡大写真や説明動画をじっくり見ると、黒鍵にはやや木目調のテクスチャーがあり、色のトーンも若干変えてあるようです。
鍵盤全体は半光沢の炭っぽい見た目ですが、白鍵と黒鍵に微妙なメリハリをつけることで、演奏時の視認性に配慮したのかもしれません。

構造はグランドタッチ-エス

TORCHの鍵盤構造は、クラビノーバシリーズの「グランドタッチ-エス」が採用されています。
エスケープメントもついているので、生ピアノに近いクリック感を味わえます。

ヤマハの電子ピアノとしては上から2番目のグレードで、「エス」が付かないグランドタッチ鍵盤のほうが高級品となります。
公式FAQによると、後者のほうが指先から鍵盤支点までの距離が長くとられ、グランドピアノの打鍵感により近いと説明されています。

参考 グランドタッチ-エス™鍵盤とグランドタッチ™鍵盤の違いはなんですか?YAMAHA

どちらも白鍵は木製ですが、黒鍵はプラスチック製で黒檀調の仕上げがほどこされています。
TORCHは黒鍵もグラナディラ製(しかも純度100%)なので、通常のグランドタッチより上位バージョンと考えることもできます。

ザラザラ系の鍵盤

カワイの高級電子ピアノは、白鍵・黒鍵とも木製なのが売りとされています。
ローランドの木製鍵盤は、木と樹脂のハイブリット構造で品質が安定しているのが特徴です。

鍵盤を木粉とプラスチックから再構成したTORCHは、両社のいいとこどりを狙ったのかもしれません。
しかも無塗装で木本来の吸湿性もあり、指に汗をかいても滑りにくく、素材のエイジングも楽しめるメリットを兼ねそなえています。

グラナディラに皮脂や汗がしみ込んでだんだんテカッていくのか、それとも風化して色あせていくのか、どんな変化が起きるのかワクワクします。
人工象牙やアクリルが貼られてエターナルに輝く白い鍵盤も美しいですが、練習の成果が味や風合いとしてあらわれる木製鍵盤も味わい深いと思います。

万年筆の書き味と同じく、ピアノの鍵盤をツルツル~ザラザラ系に分類するとしたら、TORCHは無塗装に近い木材で、やすりのように荒い究極のザラザラ鍵盤と期待できます。

演奏中、指先の汗ですべって困るという人には、うってつけの素材といえそうです。

ボフオ
ボフオ

汗っかきには良さげな鍵盤

操作パーツも木製

デザイナーのかたのインタビューによると、音量調整用のつまみもグラナディラの削り出しとなっています。

参考 「TORCH」に込めた想いYAMAHA

まるで「ノック部のパーツまで木でつくった木軸ペン」のようなこだわりようです。
木工製品が好きな人には、たまらないディティールだと思います。

ボタン類は樹脂製のように見えますが、色味はパネルとそろえてあります。
操作説明の表示もさりげなく、ブランド名や製品名も同系色でまとめられているため違和感はありません。

機能は限定的

有機ELやLCDディスプレイを省略してボタンの数も絞ったせいか、TORCHの搭載機能はかなり控えめです。

音色は10種類だけ

音色の数は10ボイスしかなく、100万近くする高額商品としては物足りなく感じます。

ただし似たような木製ピアノのKIYOLAはもっと少なく、6音色しかありません。
ローランドの競合製品を意識して、せめて2桁まで増やしたのかもしれません。

TORCHの説明書によると、搭載されている音色は以下の10種類です。

  1. CFXグランド
  2. ベーゼンドルファー
  3. モーツァルトピアノ
  4. ステージエレピ
  5. DXエレピ
  6. ハープシコード
  7. ビブラフォン
  8. パイプオルガン
  9. ジャズオルガン
  10. ストリングス

やはりピアノとエレピが中心で、オルガン系はKORGのLianoと同じ2種類だけです。
個人的にはハープシコードとビブラフォンを外して、ハードロック系の電子オルガンも増やしてほしかったです。

音源はCFXとベーゼンドルファーサンプリングで、上位機種のクラビノーバシリーズと同等です。
CFXについてはバイノーラルサンプリングされていて、最大同時発音数256というのもクラビノーバと共通の仕様になっています。

スピーカーも控えめ

Bluetoothのオーディオ受信もできるので、たとえピアノを弾かなくても高価なスピーカーとして活用できそうです。
製品の写真を見ても、どこにあるのかわかなないほどさりげなく、スピーカーも組み込まれています。

ただしアンプの出力は(20W+6W)×2と控えめで、スピーカーのサイズを見てもClavinovaより下位のARIUSシリーズと同等に思われます。

TORCHはデザインにこだわり抜いた別格の製品ですが、機能性を追求するなら素直にふつうの電子ピアノを選んだほうがいいと思います。
予算が100万円あれば、AvantGrandの一部機種、Clavinovaが全モデル余裕で買えるレベルです。

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