カスタムカエデは枯れ木のような味わい

木軸万年筆の入門編としておすすめできる、パイロットのカスタムカエデを紹介します。

14金のペン先で2万円程度と手に入れやすく、高価な銘木ペンを買う前のお試し用としても適しています。

比較的安いとはいえ、国産筆記具らしく品質に妥協はありません。
柔らかめのペン先や、木軸の経年変化を楽しめて、お得感満載の優等生だと感じました。
樹脂含侵のハイブリット素材は強度が高く、外出先でもガンガン使い込めます。

見た目は地味ですが、使い込むほど良さがわかる質実剛健な一品です。
ブランドの高級感やステータス性よりも、身の丈に合った実用性を重視するユーザーには気に入っていただけそうな、渋めの万年筆といえます。

カスタムカエデの基本情報

カスタムカエデのペン種は、F/Mの2つあるなかからFを選びました。

実測重量はカートリッジ装着時で全体17グラム、キャップなしだと10グラム。
コンバーターCON-70N装着時は全体で21グラム、キャップなしで12グラムでした。

筆記時の全長は、ペン先から尻軸まで127ミリあります。

通販で購入した際の実売価格は1.6万円くらいでした。

購入前に考えたこと

前回購入したキャップレス・デシモは、握る部分についたクリップが邪魔で、自分の手には合わないとわかりました。

キャップレス万年筆が手に合わない人の例

うまく持てれば書き心地のよいペンだとわかったので、相性が悪かったのは残念です。
握り方にくせのある人は、形がシンプルな普通のキャップ式を選んだ方がいいと学習できました。

そこで以前から興味があったパイロットの木軸万年筆、カスタムカエデに興味が出てきました。

真冬は厳しい金属ペン

キャップレスは胴軸が金属製なので、冬場に持つと手がヒヤッとします。
塗装が施された中央部は幾分ましですが、クリップやノックボタンのロジウムコーティングされた部分は特に冷たく感じます。

同じ金属製でもスターリングシルバーのペンは、熱伝導率が高いせいか一気に体温を奪われます。
実際は握っても凍傷になるほどダメージを受けるわけでもないですが、「見るからに冷たそうだな」と頭で想像してしまう、心理的な抵抗感が大きいように感じます。

純銀製のペン比較、クリストフルとクレオ・スクリベント

SV925純銀製のペン

自分は体の末端が冷えやすい体質なので、真冬に外から帰ってくると、手がかじかんでペンを握れないことがよくあります。

特に今年はインフレによる電気代の値上がりにそなえ、家の暖房はほとんど切って過ごしていました。
室温が20度以下の状態だと、金属製のペンは明らかに体にこたえます。

寒い季節は木か樹脂

耐久性が高く、夏場はひんやりして気持ちがいい金属ペンも、冬部はつらくて愛着が薄れます。
お気に入りの万年筆を年中使い回すなら、温度変化の影響を受けにくい樹脂や木製が最適ではないかと思います。

『徒然草』で「家の作りようは夏を旨とすべし」と言われていますが、筆記具については冬をベースに選んだ方がよいのではないでしょうか。

木軸ペンといえば、手元にあるレグノ89sの万年筆は寒い時期でも安心して使えます。
金属と比べた熱伝導率の低さ以上に、見た目や手触りのやさしさも影響しているように思われます。

木材の吸湿効果に期待

見た目の高級感や触り心地の滑らかさで比べれば、やはりプラスチックよりも木材の方に軍配が上がります。

特に自分は汗をかきやすい体質なので、樹脂素材のペンは手の汗や脂が目立って、我ながら気持ち悪く感じることがあります。
また夏場は大量の発汗で、グリップがツルツルだと手が滑ります。

その点、木軸で塗装の少ないものは、素材自体にツヤがないので汗がついても目立ちにくくなります。
特に地の色が明るい茶色だと、真っ黒なプラスチックに比べて、表面の水分はほとんど気になりません。

レグノのブラック色は表面についた水滴が目立ちますが、樹脂製のペンほどではありません。
木軸とはいえ積層強化された素材なので、普通の木材より吸水率は劣るようです。
樹脂の含まれない天然木であれば、手の汗を吸収する効果も少しはありそうです。

パイロットのレグノシリーズ

パイロットのレグノシリーズ

革靴の中に入れる木製シューツリーには、塗装なしの無垢素材と、ニスやワックスが塗られた製品が存在します。
着脱時の滑りをよくして、汚れの付着を防ぐために表面加工されているわけですが、吸湿性の点では無垢素材とさほど違いがないといわれます。

するとウレタンや漆で塗装された木軸万年筆であっても、吸汗効果は若干期待できるような気がします。
実際にプラスチック製と木軸のペンを使い比べてみても、汗や皮脂で不快に感じる度合いは後者の方が圧倒的に少ないです。

冬は暖かく、夏は汗が目立ちにくい。
手触りがよく、目に優しく、すべりにくくて、もしかすると香りもいいかもしれない…
視覚と触覚で心を癒される木軸ペンは、金属・樹脂と比べてメリットが多いように思われます。

コスパの良い木軸万年筆

木軸といえば長年使っているレグノ89sでも十分なのですが、他のサイズやペン先の万年筆も試してみたいという欲が出てきました。
同じパイロット製で14金素材、やや大型の10号ペン先をそなえた木軸のカスタムカエデは、前から気になっていた商品です。

価格は税込22,000円で、同社の万年筆ラインナップでは、ちょうど中間くらいに位置するミドルグレードといえます。

同じ14Kの金ペンでも、カスタム74やヘリテイジ91の5号入門用よりは少し上。
カスタム742とヘリテイジ912と共通するペン先仕様で、価格は同じなのに木軸というのがお得に感じます。

木軸14金ニブで最安

国内・海外を見渡しても、木製・金素材の万年筆ではカエデが最安でないかと思います。

パイロットの上位製品、カスタム槐(えんじゅ)はペン先が18K15号とはいえ、55,000円と2倍以上の価格になってしまいます。

大手メーカーの現行製品で比較すると、プラチナは66,000円の屋久杉#3776センチュリーが最も安い木軸万年筆です。
2023年1月16日の価格改定で、55,000円から若干2割程度、値上げされました。

セーラーは14Kの木軸がなく、昨年発売された広島工場竣工記念のカイヅカイブキ/タイサンボク88,000円(21金)が選択肢となります。

銘木の流通状況や消費者の嗜好が変わったのか、以前ほど木軸の万年筆は見かけなくなりました。
そのなかでも税込み2万円強で買えるカスタムカエデは、コスパの高さが際立っています。

標準的な万年筆ユーザーとしては、樹脂製のカスタムシリーズをステップアップしていくのが穏当かもしれません。
ただペン先の規格が同じで、めずらしい木軸が同価格で手に入るなら、そちらの方がおもしろそうです。

自分にとっては未知の10号ペン先、イタヤカエデという異素材を同時に経験できるチャンスだと思いました。

カスタム74より古い

実はパイロットの万年筆のなかでも、カスタムカエデは30年以上前から販売されていて、現行のカスタム74より古い製品らしいです。

カスタムカエデのパッケージ

ウェブで中古品を探すと、ペン先やクリップの形状が今とは異なるバージョンが見つかります。
旧型はペン先も18Kだったりして、軸部の素材以外は大幅に仕様が異なります。
時代に合わせてクリップが雨垂れ型になったり、細部がマイナーチェンジされているようです。

木軸という変わった素材ながら、これだけ長期にわたって販売されているのは、普通に売れ続けているからだと思います。
あるいはキャップレスシリーズのように根強いファンがいて、何本も買い集めては木目の違いを楽しんでいたりするのかもしれません。

筆記具業界のロングセラーといえば、LAMY2000(1966年発売)やパーカー・ジョッター(1954年発売)を連想します。

歴史の長い製品は、普遍的なデザインで誰でも使いやすかったり、トラブルが起こりにくいというメリットがあるように思います。
ナシーム・ニコラス・タレブが『反脆弱性』でリンディ特性と呼んでいるように、時の試練をくぐり抜けてきたものは、新製品より長生きするという仮説を立てられます。

材料のイタヤカエデが減っているという話も聞かないですし、カスタムカエデシリーズは今後も長く製造され続けるのではないでしょうか。
販売元が、売上規模でコクヨに次ぐ国内第2位の大手パイロットという安心感もあります。

10年以上使ってペンポイントが摩耗したり、ペン芯・首軸が寿命を迎えたら、そこだけ新品に交換してもらえるとうれしいです。
樹脂含侵した木製胴軸は強度がありそうなので、ペン先より長持ちして使いまわせそうな予感がします。

できればこの先50年くらいカエデを使い続けて、素材がどこまで変化するか見てみたいです。

ゴールド金具は妥協

カスタムカエデを購入するにあたって、唯一妥協したのは金色の金属トリムです。

カスタムカエデは14K

これまで時計や手帳、バッグと靴、果てはズボンのベルトにいたるまで、金具はすべて銀色で統一してきました。
何となくゴールドという派手な色を身にまとうのは気が引けて、地味なシルバーが無難に思われました。

筆記具も例外ではなく、金属部分が金メッキのペンは選択肢から外していました。
身のまわりにひとつでも金色のものがあると、統一感が損なわれて居心地が悪く感じてしまいます。

現在販売されている製品のなかで、木軸万年筆で金具が銀色のものは、国内メーカーでは見当たりませんでした。

海外製品であれば、カランダッシュのバリアスやファーバーカステルのクラシックなどが存在します。
しかしいずれも各ブランドの最高級シリーズで、定価も10万円近い高価な部類に入ってしまいます。

ステッドラー・プレミアムの木軸シリーズ、リグヌムはマットシルバーの仕上げが美しい万年筆です。
とはいえこちらもペン先がスチールであるにも関わらず、定価は2万円以上しています。

やはり筆記具については国内メーカーの品質とコスパが際立ちます。
木軸の鉄ペンとしては平井木工の製品があり、シュミット製のスチールニブで廉価な木材なら1万円台で入手できます。

予算の範囲内かつ品質が信頼できる国産万年筆として、ゴールドトリムのカスタムカエデは仕方なく選んだというかたちです。

キャップリングはシンプル

カエデの金具は他の万年筆より控えめで、雨垂れクリップの古風な形状も寂れた素材によく似合っています。

カスタムカエデのキャップ

どのメーカーの万年筆も、価格が上がるほどキャップリングが豪華になる傾向があります。
特にセーラーのプロフェッショナルギアは、最高級のKOPになるとリングに立体的なギザギザ装飾が追加されたりします。

パイロットでいえば、カスタムシリーズの上位になるほどリングの幅が広くなって本数が増し、さらに刻印が墨入れされて目立つようになります。
木軸製品を比べても、高級版のカスタム槐はカエデよりキャップまわりの金色リングがゴージャスで、ギラギラした印象を受けます。

レグノ89sは当時1万円前後で販売されていた廉価な金ペンですが、トリムは太めでも文字や線が黒く強調されています。
値段のわりに、装飾は本格仕様のペンだったといえます。

レグノ89sのキャップ

万年筆の金属製キャップリングは、元々キャップの割れ防止と端部補強のために設けられたパーツのようです。

今は素材の強度が増しているので、普通に使っている分にはキャップが壊れる心配はないと思います。
むしろ万年筆のグレードを示す、装飾的な役割で付けられているように思います。

キャップリングのないプラチナ出雲や中屋万年筆、パイロットの蒔絵シリーズやNAMIKIの万年筆もシンプルで美しいです。

出っ張りのない金具

セーラーのプロフィットを使っていて感じたのですが、キャップリングが出っ張っていると横置きしたときバランスが悪くなるというデメリットがあります。

セーラーのプロフィット・カジュアル

セーラーのプロフィット・カジュアル

重さのあるキャップ側で体重を支え、胴軸が浮いた状態になるので、卓上で転がったり回転しやすくなります。
もしかすると胴軸の表面を保護するために、あえて考えられた仕様なのかもしれません。

その点、カスタムカエデのキャップリングはキャップの直径より一段狭くなり、控えめに接合されています。
ペリカンの万年筆に近いすっきりした形状で、キャップから胴軸に向かって段階的に絞られていく造形がスマートに見えます。

リングが内側にへこんでいるおかげで、キャップ側面の広い面積で接地することができ、机の上に置いても安定感があります。

カスタムカエデのキャップ

カスタムカエデのリングにはクリップ側の正面にCUSTOM ART CRAFT、裏側にはPILOTがなく、JAPANとだけ印字されています。

直訳すれば「カスタマイズされた芸術性の高い工芸品」というイメージですが、職人の手作りといった感じはあまりしません。
むしろ樹脂含侵された木材は表面が均質で、工業製品に近い雰囲気がします。

あくまで大手メーカーの量産品という範疇で、ディティールや質感にこだわった一品という意味ではないでしょうか。

木軸には金色が似合う

カスタムカエデは14Kのペン先とキャップのゴールドパーツが同じ色合いになるよう、調整されているようです。

カスタムカエデ

プラチナ万年筆のプレジデントはペン先が18金ですが、カエデの14金ニブより明らかに濃い黄色をしています。
プレジデントの方も首軸やクリップの金具は、18Kの色味に合わせてデザインされているように見えます。

カスタムカエデとプラチナ・プレジデント

ためしに同じカエデのペン先を18金素材の指輪と並べてみました。
やはり18金の方が、色は若干濃い感じです。

カスタムカエデと指輪

左:14金のペン先 右:18金の指輪

ちなみに写真の指輪は先日、妻にプレゼントした、マザーハウスのフィリグリー(線細工)シリーズ、小路(こみち)という商品です。
指の太さ(号数)によって価格は変わりますが、5万円くらいのお値段でした。

久々に高い買い物でしたが、似たような万年筆を何本も買うよりは、有意義なお金の使い方だったと思います。

木製シルバートリムは希少

かつて販売されていたレグノ89sは、木軸ながらシルバートリム、さらにペン先も銀色にメッキされていて、今思えばめずらしい製品でした。

レグノ89s

パイロットの廃番万年筆、レグノ89s

万年筆のペン先がメッキのない金素材であれば、見ためがゴールドなのは当然です。
それに合わせて、クリップやキャップリングも金色にそろえるのが、業界の常識だったのかもしれません。

いわゆる仏壇カラーと呼ばれる黒×金のコンビネーションが主流であるなか、シルバートリムのモデルも販売されているのは、顧客のニーズがあるからだと思います。

国内メーカーの主力製品では、パイロットのカスタムヘリテイジ、セーラーのプロフィット/プロギア銀、プラチナのロジウムフィニッシュのように銀色バージョンがそろっています。
ペリカンではややレアなモデルですが、末尾に5のつく銀色シリーズ(M405など)が存在します。

木軸ペンは茶色のカラーが多いため、素直に考えれば暖色系の金色の方が似合います。
特にカエデは赤っぽい木肌なので、金具はゴールドを選ぶのが常識的な判断だと思います。

ただスギやヒノキの明るい色なら、アルミやステンレスのシルバーカラーも違和感なく収まります。

先述の海外製木軸万年筆に加え、LAMY2000の上位版タクサス(西洋イチイ)は、金具のマットな質感がよく似合っています。

できれば今後も木軸の万年筆が増えて、さらにシルバートリムのモデルも選べるようになると個人的にはうれしいです。

カスタムカエデの第一印象

本記事でレビューしているカスタムカエデは、ネットの通販で購入しました。
木目のパターンは出たとこ勝負ですが、特に問題なく気に入っています。

出費を抑えるなら中古という選択肢もあったとはいえ、前回のキャップレス・デシモで懲りたのため、今回は新品を選びました。
ペン先に不具合があったり、自分とは相性が悪いと感じたときに、原因が前オーナーの改造や経年変化によるものなのか、わかりにくいからです。

実際に使ってみた印象をまとめてみます。

予想外に軽い万年筆

この万年筆を手に取ってまず驚いたのは、全体の軽さです。

サクサクとした不思議な書き心地で、まるでお菓子のメレンゲクッキーのように感じました。
見ためは硬くて重そうな素材なのに、口に入れると、はかなくポロポロ崩れるような意外性があります。

キャップレス・デシモはしっとり柔らかい綿菓子のような筆記感だったので、カスタムカエデの乾いたタッチと見た目によらない軽さは対照的でした。
ペンポイントが紙に触れるとシュルシュル鳴りますが、さほど気になる音ではありません。

カスタムカエデの筆記感

重さを測ってみたところ、カートリッジを差した状態で全体17グラム。
キャップを外した筆記状態(胴軸のみ)では、たったの8グラムしかありませんでした。

同じくカートリッジインクを入れたレグノ89sは、全体で18グラム。
キャップなしだと10グラムあります。

ほかの廉価なプラスチック製万年筆と比べても、キャップを外した状態ではカエデの8グラムがプレピーと並んで最軽量でした。
見た目は軽そうなカクノは9グラムあり、比較的小型のセーラー・プロフィット・カジュアルも10グラムありました(すべてキャップなし、カートリッジ装着状態で計測)。

コンバーターで重量増

のちほど付属のCON-70Nに差し替えたら、さすがに重量は増えました。

この大容量コンバーターを装着した場合は全体で21グラム、キャップなしで12グラムになります。
カートリッジ使用のときよりキャップの重量が2グラム増えていますが、原因は不明です。
別の日に測ったので、空気中の湿気を吸っているなど、コンディションが変化したのかもしれません。

ともあれカスタムカエデの軽さを堪能するには、コンバーターよりカートリッジインクを使った方がよさそうです。

カスタムカエデの重量

CON70-N装着時の重量

CON-70Nを差した状態では、キャップポストしなくても重心が後ろ寄りになりました。
本体がきわめて軽いため、中に入れるインクパーツによって重量バランスが大きく変わります。

カスタムカエデの重量バランス

コンバーターとカートリッジでは、明らかに手に持った重さの感触が違います。
今は瓶入りインクを試すためCON-70Nを使っていますが、重量的には普通の万年筆に近づいたという印象です。

カスタムカエデを買ったら、ぜひカートリッジインクと組み合わせて、究極の軽さを体験していただきたいと思います。

余談ですが、上の写真でカエデの下に置いている万年筆は、カランダッシュのエクリドールXS(マヤ柄)です。
その昔、若気の至りで買ってしまった高級品で、スチールニブということもあり、最近あまり出番がありません。

小ぶりなわりに金属製で27グラムも重量があり、胴軸が六角形なので卓上でも安定します。
そのため、ほかのペンの重心位置を測るのに使うと便利なことに気がつきました。

レグノ89sより軽い理由

同じパイロットの木軸万年筆で、レグノ89sよりサイズは大きいのに、カスタムカエデの方が軽いというのは不思議です。

どちらも樹脂を含侵させた木材ですが、レグノは積層強化木で木材を圧縮しているため、カエデより比重が大きいのかもしれません。
胴軸の表面を比べても、コムプライトの方は木目が詰まって堅そうに見えます。

カスタムカエデとレグノ89s

上:カスタムカエデ 下:レグノ89s

またレグノ89sは上下端がプラスチックになっていて、木軸との境界には金属のリングがはめられています。
首軸は樹脂製ですが、接合部のネジは金属製になっていて、胴軸側にもメタルパーツが埋め込まれています。

カスタムカエデの方はキャップリングとクリップ以外は金属部品が見られません。
首軸のネジもそのまま樹脂になっていて、胴軸側も同様です。

木部の比重以外に、使われている金属パーツの量なども、重さの違いに影響しているように思われます。

カスタムカエデのゴールドトリム

ネジのまわりはレグノのように飾りのリングもないシンプルな外観になっていて、あまり高級感はありません。
カエデは木軸万年筆として廉価ですが、見えないところでコストダウンを図っているです。

直線的な胴軸形状

カスタムカエデは全体的にくせのない、ストレートなかたちをしています。

首軸から尻軸に向かって、理科の実験で使った試験管のように直線的な形状です。
ここまで素直にまっすぐな胴軸というのは、逆にめずらしいかもしれません。

カスタムカエデの胴軸

全体的に丸みを帯びてコロンとした万年筆で、球型のクリップもよく似合っています。
バランス型でクラシカルなフォルムは、長く使っても飽きがこない予感がします。

ノギスで測ると、胴軸中央部がほんのわずかに膨らんだ樽型になっています。
非常に微妙な直径の変化で、目で見てもほとんど気づかないと思います。

首軸と胴軸の境目にはネジ切り以外ほとんど段差がないので、ストレスを感じず握ることができます。
キャップを開け閉めするには、1回転と1/4回転くらいネジを回す必要があります。

キャップの密閉性は良好

プラチナのセンチュリーのように派手な段差はなく、ストンと断ち切られたような胴軸でキャップの密閉性が気になるところです。
樹脂含侵とはいえ天然素材の木材が使われているので、加工精度が甘く、気密性が損なわれるのでは、と気になります。

カスタムカエデとレグノ89s

左:レグノ89s 右:カスタムカエデ

しかしカスタムカエデを数か月使ってみて、数日間放置した程度でペン先のインクが乾くことはありませんでした。

写真からはわかりにくいですが、フタの中には白い半透明のプラスチック製インナーキャップが内蔵されています。

カスタムカエデのインナーキャップ

ネジを最後まで回すと、キャップ内部で首軸とパーツがこすれるような抵抗を感じます。
ペン先の密閉性はしっかり確保されているようです。

レグノ89sはネジ式より気密性の低そうな嵌合式キャップで、しかもフタの中にインナーキャップは見当たりません。
それでもほかの万年筆に比べて、顕著にインクが乾きやすいという問題は出ていません。

プラチナのスリップシール機構のように特別な仕掛けがなくても、パイロット製の木軸万年筆は、きちんとペン先の湿り気を保持できているように思います。

ペン先が柔らかい

購入前に調べたとおり、カエデのペン先はかなり柔らかい感触でした。
特に意識して筆圧をかけなくても14Kのニブがしなる様子は、万年筆経験の浅い自分でも十分体感することができます。

カスタムカエデのペン先

これまで使い慣れていた鉄ペンと比べれば、おもしろいくらい違いがわかります。
特に底が固いレポートパッドやリングノートではなく、紙がたわむ糸綴じノートで使うと、反応の柔らかさを顕著に実感できます。

以前、店頭の試筆台で試させてもらったカスタム742のFA(ファルカン)は、もっと派手にグニャグニャ曲がる感じでした。
それに比べてカエデの柔らかさは節度があるというか、適度な弾力性と柔軟性を兼ね備えているように思われます。

カスタムカエデの14金ニブ

カスタムカエデの14金ニブ

他の万年筆とニブの形状を比べると、カスタムカエデはかなり直線的なアーチになっています。
プラチナの五角絞り、プレピーに近い断面形状で、この設計が筆記時の柔らかさに寄与していると思われます。

カスタムカエデ、ペン先のしなり

プラチナ・プレジデントの18Kと比べても圧倒的に柔軟性があるので、万年筆のペン先とは金の配合量より形状設計によって大きく変わるのだと実感しました。
目視で判断するのは難しいですが、金属板の厚みも薄くデザインされているのかもしれません。

レグノ89sと似たニブ形状

カスタムカエデの柔軟性は、レグノ89sのそれと似ているような感じがしました。

ペン先の大きさ(号数)は3号から10号と、その間の5号を飛ばして2段階アップしています。

カスタムカエデとレグノ89sのニブ比較

左:レグノ89s(3号) 右:カスタムカエデ(10号)

正面からニブを見比べると、2つの万年筆は断面形状がよく似ています。

カスタムカエデとレグノ89sのニブ比較

左:レグノ89s(3号) 右:カスタムカエデ(5号)

厳密にいえばカエデの方がより扁平で直線に近く、レグノはメッキが施されている分、弾力性が軽減されているかもしれません。

この2つのペンは同じ木軸・14K素材というだけでなく、ペン先の設計が似通っているように感じます。
筆記時の感触も近いものがあって、カエデの方が大型な分、さらによくしなるという印象を受けました。

柔らかい万年筆の使い道

最近の万年筆はボールペンに慣れた世代を意識して、ペン先が硬めに作られていると聞きます。

カスタムカエデで文字を書く感覚は、ボールペンより筆に近いといえます。
この方が本来の万年筆らしいというか、他の筆記具との違いを実感できておもしろい気もします。

カエデで長時間、文章を書いても、ペン先が柔らかいので疲れやすいとか、そういうデメリットは感じませんでした。

もちろん趣味程度の作文なので、プロの作家が毎日何万字も書くような使い方にはそぐわない可能性があります。
ヘビーライター向けとうたわれている、プレジデントのような硬いニブの方が、長時間筆記には向いているかもしれません。

カスタムカエデ

もっとも今となっては執筆が本業の方でも、万年筆で長文を書く人は少ないと思います。
パソコンで作文・推敲する前の下書きだったり、アイデアをメモする程度のライトな使い方なら、どんなペンでも構わないといえます。

むしろあえてペースを落として、ゆっくり文字を書くといった、筆記行為そのものを楽しむ目的なら、カスタムカエデはぴったりの道具です。

ありふれたボールペンとの違いを体感できるという意味でも、ペン先には柔らかさを求めた方がおもしろいと思います。
その方が腕に負担がかからず、水性インクでサラサラかける万年筆らしい特徴を味わえます。

カエデの柔らかい筆先で、書道のように文字を書くのは新鮮な感覚でした。
無駄な力を抜いて滑らかに文章を綴っていると、呼吸を意識しながら座禅を組んでいるようなリラックス効果が得られます。

カスタムカエデは単に文字を書くというよりも、ペン先の繊細なコントロールを通じて、心を整えることのできる万年筆だと感じました。

Fの筆記線は細め

ペン先は細字のFを選びましたが、同じFでも手持ちのキャップレス・デシモより心持ち線は細くなりました。
ニブが柔らかくても、漢字の「とめ・はね・はらい」をそこまで大胆に表現することはできません。

パイロット万年筆の筆跡比較

紙はライフのノーブルノート

とはいえ我が家のカリカリ番長、カクノのEFよりは十分太くて、紙への引っかかりや不快な抵抗は感じません。
ペン先の素材や形状が大きく異なるのに、EF<F<Mという順列を維持できているところは、さすがパイロットだと感心します。

海外製のLAMY2000万年筆は、ペン先EFなのにプレジデントのMより線が太くて衝撃でした。
同製品で複数のペン先をそろえて比較したことはないですが、海外製万年筆の方がペン先の振れ幅は大きいように思います。

国内メーカーであれば、筆記線の太さはだいたいペン種の記号からイメージできる範囲内に収まります。

万年筆はしばらく使っていると、ペンポイントが摩耗するのか線が太くなっていくように思います。
カスタムカエデも3か月ほど経つと、ほかのパイロット製品Fと同じくらいの線幅に落ち着きました。
製造時に残っていたバリのようなものが取れたのかもしれません。

ペン先に指が触れる現象

外のカフェで書き物をしていたときに気づいたのですが、カスタムカエデでガシガシ書いていると、無意識に人差し指でペン先に触れてしまうことがあるようです。
勢い余って切り割りの部分に触ってしまうと、当然指にインクが付いて汚れます。

万年筆のペン先に指が触れる問題

今まで使ったことのない大きめのペン先なので、たまたま下の方を持って指が当たってしまったのかもしれません。
あるいは長年、製図シャーペンで細かく書き込むのに慣れていたせいか、グリップの下側を握ってしまうくせがついた可能性もあります。
紙面に近い場所を握れば、ペン先のブレを防いで精密なコントロールが可能になるからです。

しかしカエデの10号とほぼ同じペン先サイズのプレジデント・出雲では、指先が触れる現象は起こったことがありません。
この2本を書き比べていると、どうやら握り方が変わってくる理由はペン先の硬さにあると気づきました。

ニブが柔らかいと下を持つ

カスタムカエデはペン先が柔らかいゆえに、速く文字を書こうとすると、自然に首軸の下側を握ってしまいます。
大きくしなるペン先を的確に制御するため、手とペンポイントの距離を近づけて、力の伝達やフィードバックを速めたいという意図が働くのではないかと思います。

一方でプレジデントのペン先は18金ながら硬めに設計されているので、首軸の上側を持っても正確に線を書くことができます。

プラチナ・プレジデントの18金ニブ

プラチナ・プレジデント(18金ニブ)

普段、文字を書いているときは気にならない違いですが、コーヒーやお酒を飲んだりして気分が盛り上がると、書くペースが速くなって握り方が変わってくるようです。
無意識に筆圧も上がって、ペン先のたわみによる変動を制御するため、グリップ位置が紙面に近くなるようにも思われます。

ペン先とシューズの共通点

「素材が柔らかいと力が入ってしまう」という現象に気づいて思い出したのが、ランニングシューズのソールに関する議論です。

マラソン用のスポーツシューズといえば、今は厚底が主流ですが、かつてベアフット(barefoot、裸足)というきわめて薄いソールが流行った時期もありました。

当時よく読まれた『BORN TO RUN』という本には、「ソールが厚くて柔らかいシューズは、安定性を求めようと無意識に強く蹴り込んでしまうため、膝を痛めやすい」というようなことが書かれていました。

つまり靴底が柔らかくフワフワしたシューズだと、地面をしっかり蹴るため踏み込みが強くなり、着地時の衝撃がかえって大きくなってしまうという仮説です。
かかとでドスドス踏み込んで走るイメージです。

逆にソールの薄いシューズ、もしくは裸足で走っているときは、着地のショックをやわらげるため、意識せずとも慎重な足運びになります。
足裏の前側で着地して、土踏まずのアーチ構造で衝撃を吸収しながら、そろそろと走る感じになります。

これと同じ理屈が万年筆のペン先にも当てはまって、柔らかいペン先では自然と筆圧が強くなり、かつグリップ位置が下がる傾向があるのではないかと考えられます。

超巨大ペン先の使用感予想

ここから先は憶測ですが、カエデの10号より大きく柔らかい18~21Kの高級万年筆は、ペン先に指が触れる可能性がさらに高まることが懸念されます。

特にパイロット製品は国内他社よりペン先が柔らかいと聞くので、カスタム743や845の15号、カスタムURUSHIの30号、さらにはNAMIKIの50号ともなれば、首軸よりほぼペン先を握る使い方になってしまうかもしれません。

セーラーのキングプロフィットやプロギアKOPの超大型ペン先は、モンブラン149やパイロット30号とほぼ同じサイズのようです。
こちらは素材が21金とさらに柔らかそうなので、握る位置もさらに下がると予想されます。

もっともこれらの巨大万年筆は胴軸も異様に太いので、相対的に指がペン先に届くリスクは低いように感じます。
そういえばカスタムカエデもプレジデントより、首軸が若干細めだったので、持て余した指先がペン先に触れやすいという理由もありそうです。

カスタム743や845はともかく、URUSHIやキングプロフィットは定価10万円近くする高級製品です。
自分がこれらの万年筆を手にするときが来るのかわかりませんが、握り方がどう変化するかは慎重に試して購入検討したいと思います。

イタヤカエデの特徴

カスタムカエデの木部は、板屋楓(イタヤカエデ)という聞きなれない素材でできています。

カスタムカエデの説明書

板屋というのは、葉が茂って板屋根のようになるからとのことで、亜種や変種を含めた総称に近い呼び名だそうです。

建材以外の用途としては、秋田県の伝統工芸であるイタヤ細工が知られています。
イタヤカエデの若木を薄く裂いて、帯状に加工したカゴなどが有名です。

カエデは英語でメープルとなり、パイロットのウェブサイトではCUSTOM MAPLEと表記されています。
メープル素材の家具といえば、ケヤキやタモより木目が穏やかで、表面が白っぽいイメージがあります。

先ほど紹介したステッドラー・プレミアムのリグヌムにはメープル素材があり、カエデよりもずっと明るい木肌です。
昔、建築図面を書くとき使っていた製図板(シナ合板)と同じくらいの白さに感じます。

カエデは山でよく見かけるため、希少な銘木ということはなさそうです。
大手メーカーの製品素材として、長年使われ続けているので、材木の供給は安定しているように思われます。

地味な色と木目

カスタムカエデは他の木軸ペンに比べると、地味でおとなしく見えます。

木目は見えますが、縮杢や玉杢といった特殊なパターンは出ていません。
キャップと胴軸で木目のパターンは連続しているように見えますが、しばらく使うとインナーキャップが動いてネジの回転数が変わったのか、わずかに模様がずれてきました。

カスタムカエデのゴールドトリム

葉っぱが紅葉するからか、表面はほんのり赤みを帯びていますが、彩度が低く落ち着いた色です。
茶色というより乳白色、アイボリーに近いような印象を受けます。

以前、文具店にディスプレイされているのを見たときは、発色が悪い不良品のようで、まったく興味をそそられませんでした。

しかし今ではその地味な色が、カエデの個性として好ましく思われます。
主張の少ない、枯れ木のようにくすんだ赤茶色が、奥ゆかしいわびさびを感じさせます。

カスタムカエデのイラスト

カスタムカエデは、割り箸のようにチープな素材でできた、無印良品の木軸ペンと似た雰囲気があります。

カエデは表面のニスが控えめに塗られていて、汗をかいてもべたつく感じはありません。
木材自体に樹脂が浸透しているので、表面保護は必要ないのかもしれません。

カスタムカエデ

樹脂含侵の木軸とはいえ、真冬でもしっとりと暖かく、手に吸い付くようなやさしい感触です。
この気持ちよさを味わうと、もう普通の樹脂製万年筆には戻れない気がします。
プラスチックと違って半光沢というか、ほぼ無垢に近い木材に見えるので、デスクライトを反射して目障りになることもありません。

卓上では100均ダイソーのペン立てに差していますが、チープな段ボール素材ともよく似合っています。

カスタムカエデとダイソーの段ボールペンスタンド

ダイソーの段ボール製ペン立て

木軸とはいえ重厚すぎず、塗装も控えめでほぼ光沢もなし。
ペンケースやペントレーなど、合わせるアイテムの格を問わない、汎用性の高い万年筆です。

銘木との違い

黒檀・紫檀・鉄刀木(たがやさん)といった銘木、あるいは黒柿・ブライヤーのような希少素材ではなく、近所の裏山にたくさん生えている楓の木。
量産品として安価に手に入るカスタムカエデは、木軸万年筆の入門用としてすぐれています。

ありふれた樹種ですが、木軸に求めるぬくもりや手触りといった基本性能は十分に満たしています。
後に購入したプラチナ出雲のキングダム・ノート別注版、洋桑(アサメラ)というゴージャスな輸入木材に比べても、カエデは低彩度で落ち着いた、いかにも日本の木という印象を受けます。

カスタムカエデとプラチナ出雲の比較

左:カスタムカエデ 右:プラチナ出雲(洋桑)

漆素材のペンにたとえれば、カスタムカエデは蒔絵の装飾がほどこされていない、塗りだけのシンプルなモデルに相当すると思います。
木軸というジャンルで銘木や杢目の希少性を追求するのは、漆の上に複雑な蒔絵を描くのと同じではないでしょうか。

派手な装飾によって見た目のにぎやかさや高級感、資産価値、所有することの満足度は増すかもしれませんが、道具としての性能が高まるわけではありません。
むしろ傷をつけないよう取り扱いが慎重になるという点で、活用の幅は狭まってしまうおそれがあります。

目の保養、鑑賞用ではなく、あくまで筆記具としての実用性を求めるなら、庶民の自分には量産品のカスタムカエデで十分です。

旅する万年筆

カスタムカエデは現行の木軸・金素材万年筆で最安レベル。
せいぜい2万円程度の価格帯で、流通も安定しています。

失くしても壊しても、そこまで困らないので、外出先でもガンガン使えるという頼もしさがあります。
木軸なので傷や汚れも味になり、いびつな木目も個性とみなせます。

旅する万年筆(カスタムカエデ)

痛めつけてダメージを与えるほど頑丈になる…

木軸ペン、特に安価なカスタムカエデには、まさにAntifragileな性質がそなわっているように思います。

万年筆は衝撃や気圧の変化に弱いといわれますが、これまでのところ旅先でインク漏れのトラブルに見舞われたことはありません(航空機は未体験)。

カスタムカエデも素材の成長が楽しみなので、積極的に外で使いたい気がしてきます。
胴軸がこすれて傷がついたり、紫外線を浴びて変色しても、それはそれで味わい深い趣になるでしょう。

経年変化に期待

木軸といえば、何よりも楽しみなのは素材の経年変化です。
パイロットの公式サイトにある商品説明には「使い込むほど色が濃く鮮やかになります」と書かれています。

今回、通販で手に入れたカスタムカエデは、店頭で見たものよりも色が濃くなっているように感じました。
特に上下端の丸い部分は最初から黒ずんでいて、もしかすると製造時に何らかのエイジング加工がほどこされているのかもしれません。

カスタムカエデの経年変化

レグノ89sは基本的に木軸ですが、キャップと胴軸の端が切り落とされたベスト型で、両端はプラスチックのパーツになっていました。
カスタムカエデは端部が丸いバランス型で、すべて木材になっています。
丸くなった部分を指でなでると手触りが気持ちよく、ツボを押したりすることもできそうです。

カエデという木材は、一般的に時間が経つと黄色く飴色に変化していくそうです。
たまたま家具屋さんでカエデ素材のベンチを見かけたのですが、手元の万年筆よりもかなり白っぽい状態でした。

カエデ素材のベンチ

カエデ素材の家具

同じ木軸でもコムプライトのレグノ89sは黒色を選んだこともあって、数年使ってもほとんど変化が見られません。
木軸とはいえ、高温で圧縮したうえ樹脂を含侵させてあるので、もともと変質しにくい素材なのかもしれません。

カスタムカエデとレグノ89sの比較

上:カスタムカエデ 下:レグノ89s

カスタムカエデも同じく樹脂が含まれていますが、見た目はほぼ木材に近く、色も明るめなので、これからどんどん色が濃くなっていくのが楽しみです。

プラスティネーション

パイロットの木軸ペンは、レグノもカエデもカスタム槐も、すべて樹脂含侵加工がほどこされています。

建築用の木材であれば、公園のベンチや手すり、ベランダのデッキや根太に使われる加工技術です。
細胞の内部に樹脂を充填して硬質化し、寸法安定性や耐久性を向上させることができます。
防腐剤よりも長持ちして、反りやねじれ、腐りや変色を防ぐことができます。

人間や動物の標本をつくる際に、合成樹脂を浸透させるのと似ているように思います。
死体を加工するプラスティネーション(Plastination)といえば、アニメや小説で猟奇殺人のテクニックとしてよく使われます。

アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』の第1期では、第6話から8話にかけてプラスティネーションされたグロテスクな死体オブジェが登場します。

ミシェル・ウエルベックの小説『地図と領土』では、終盤に登場する外科医の地下室から、合成樹脂で保存加工された遺体彫刻が発見されます。

どちらも犯人の異常性を強調する手段として、プラスティネーションの技術が強調されています。

動物と植物では加工法が異なると思いますが、樹脂含侵と聞くと何となくヤバそうな先入観を持ってしまいます。

樹脂含侵のメリット

脱プラ時代には好ましくないかもしれませんが、木材とプラスチックのハイブリッドといえる樹脂含侵は画期的な技術だと思います。
木目の美しさは保ちながら、加工精度や保存性能を向上させることが可能です。

カスタムカエデ

個体差や狂いがあって扱いにくい木材を、プラスチックとの中間素材に変化させて大量生産することができます。
レグノシリーズはもとより、カスタムカエデとエンジュも万年筆だけでなくボールペンも製造されています(カエデのシャーペンは最近廃番になりました)。

樹脂加工の手間はかかりますが、大手文具メーカーの定番商品として材料をたくさん仕入れれば、コストダウン可能と思います。
パイロットが他社より廉価な木軸ペンを販売しているのは、この技術によるところが大きいのではないでしょうか。

プラチナ出雲のどっしりした木軸万年筆と比べれば、カエデのキャップと胴軸は、かなり薄い素材でできています。

カスタムカエデと出雲洋桑の比較

左:カスタムカエデ 右:プラチナ出雲(洋桑)

天然木であれば、ここまで薄く加工するのは難しかったと思われます。
樹脂含侵で強度を高めることにより、精密な加工を実現して、重量も軽くできたと考えられます。

首軸が樹脂なのは惜しい

できれば首軸もプラスチックでなく木材であれば、さらに手触りがよくなったと思います。

キャップを付けているときは外から見えない部分ですが、筆記時に指先が触れるのは、ほとんど首軸です。
汗をかくと滑りますし、皮脂がつくと見た目も汚らしくなります。

もし木材に樹脂を含ませることにより、複雑な加工が可能になるのであれば、首軸も同一素材で作れないものかと思います。

カスタムカエデの首軸

その際の懸念として、インクを吸入する際に首軸が汚れる恐れがあります。
木軸にインクが付くと取れにくそうですが、考え方によっては、それもまた味と見なせるかもしれません。
汚れるのが嫌な人はカートリッジだけ使えばいいので、フルカエデ素材の万年筆もニーズはあると思います。

技術的に可能であればの話ですが、木軸ペンが好きな方は、金具の部分も木でできていた方がうれしいのではないでしょうか。
漆であれば、中屋万年筆やWANCHERなど、首軸まで塗りがほどこされた製品は存在します。

平井木工挽物所のボールペンは、ペン先まで木製です。
首軸まで木素材の万年筆を実現できれば、欲しがる人は出てくる気がします。

ミドルグレードの優等生

カスタムカエデは価格も大きさも万年筆としては中間レベルです。
ペン先がほんのり柔らかい以外、突出した性能はなく、いたって地味な製品だと思います。

強いていえば「特徴がないのが特徴」、目立った欠点もなく安定して長く使える、寡黙なロングライフデザインだと感じました。

木製のペンといえばマニアや玄人向けのアイテムに思われるかもしれませんが、カスタムカエデはインクフローの安定性も高く、初心者にもおすすめできる万年筆です。
予算が許せば、最初の金ペンとしてカエデを選ぶのもありだと思います。

自分はこのほかにプラチナの出雲やLAMY2000といった値段の高いペンも使っていますが、もし万年筆を1本だけ残すとしたらカエデを選ぶ予感がします。

見た目や筆記性能だけでなく、サイズ感や重さがちょうどいいと感じます。
手持ちのペンケースやペン立てにも収まりがよく、扱いやすさは一番です。
いかにも中庸といった感じの、流行に左右されないスタンダードなデザインに安心感を覚えます。

カスタムカエデとマザーハウスのお魚ペンケース

マザーハウスのお魚ペンケースにも入るサイズ

誠実な万年筆

価格設定と流通量といった経済的な特性も、自分の身の丈に合っていると思います。
カスタムカエデは変に飾らず気取らない、実直で誠実な万年筆というイメージです。

カスタムカエデ

廉価なスチールペンでは物足りないが、高価なブランド品や18K以上の上位製品には手が届かない(実際、似合う気もしない)。
そういう方には、ミドルグレードでこだわりを感じさせるカスタムカエデが、しっくりくる可能性があります。

車でも時計でも、高級品は往々にして必要以上の過剰スペックで値段がかさ上げされています。
もし自分が富裕層なら、値段を気にせず一番高いものを買えば失敗はないと判断するでしょう。

逆に100均で売られているような安物は、価格重視で選ぶ顧客に合わせて、必要以上に性能が落とされている懸念があります。
自分の場合、はじめて入った飲食店では「値段の一番安いメニューを頼む」というマイルールがあります。

いろいろ経験してきて「趣味のアイテムは中間クラスがちょうどいい」と考えるようになりました。

ロードバイクのコンポーネントでいえば、シマノの105が最適という感じです。
アマチュアには十分すぎる品質と性能で、部品の交換などメンテナンス費用も上位グレードより安価で済みます。

万年筆にも経済的観点を持ち込むと、2万円程度で手に入る10号ニブの金ペン、カスタムカエデは価格と満足度のバランスが絶妙です。

カエデ素材のベンチ

まとめ

カスタムカエデは予算に限りのあるライトユーザーのツボを押さえています。
さらに経年変化も楽しめる木軸というお得感もあり、長い間安心して付き合えるペンだと思います。

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気取らないシンプルな形状は、時代を超えた普遍性すら感じさせます。
細かい部分は30年前からマイナーチェンジされているはずですが、不思議と昔から存在していた渋いアンティークのような趣をたたえています。

カスタムカエデは素朴な味わいを求めるユーザーから評価され、今後も売れ続けていくように思われます。

カスタムカエデとツチブタイラスト