先日購入したカスタムカエデの万年筆に、パイロットの大型コンバーターCON-70Nが付いてきました。
今までインクはカートリッジしか使ったことがなかったのですが、せっかくなのでコンバーター用のインクも購入してみました。
選んだのは同じくパイロットの冬将軍です。
カートリッジでも十分
万年筆を使い始めて約10年、これまではお手軽なカートリッジインクばかり差し込んできました。
瓶からインクを入れるのは難易度が高そうで、ペンや手が汚れるのではと不安に感じていました。
インクが切れたら差し替えるだけのカートリッジに比べて、コンバーターは補充の手間がかかりそうです。
カートリッジならボールペンのリフィルを入れ替えるように、外出先でのインク交換も可能です。
またパイロット製品ならカートリッジだけで10色もバリエーションがあり、使いたい色がないという不満は感じません。
個人的には青系のブルーブラック、ブルー、ライトブルーの3色もあれば十分だと思っていました。
最近はキャップが嵌合式で取り出しやすいレグノ89sにオレンジ色のインクを入れて、下線を引いたりメモを書いたり、注釈やマーキング用に使っています。
田舎の文具店にはせいぜい黒やブルーブラックしか置いていませんが、伊東屋や丸善に行けば全色そろっています。
パイロットのカートリッジなら、変わった色でも通販で簡単に手に入ります。
まとめ買いすれば送料も安く済ませられます。
2022年4月には、とうとう色彩雫のカートリッジインキが発売されました。
今回試した冬将軍もラインナップに入っています。
値段は6本で990円(税込)とやや高く、全色そろっていないのも残念ですが、瓶入りより場所を取らないカートリッジで手軽に試せるのは便利です。
大容量CON-70N
カスタムカエデに付いてきたCON-70Nは、プッシュ式で1.1mlもインクが入り、同社の回転式コンバーターCON-40(0.4ml)よりも3倍近く大容量です。
セーラーやプラチナのコンバーターはCON-40と同じ回転吸入式で、容量は0.5~0.6ml程度になっています。
カスタム92や823など胴軸内に直接インクを入れるタイプはさらに大容量ですが、コンバーターとしてはCON-70Nの性能が際立っています。
各社のコンバーターは互換性がないため、CON-70Nを使いたいがためにパイロット製品を選ぶ人も出てくるのではないかと思います。
パイロット製品でもレグノ89sやエリート95sのショート軸、キャップレスの各製品、エラボーの樹脂軸やシルバーンはCON-40しか使えません。
カスタムカエデは中くらいのサイズ感ですが、他のカスタムシリーズと同様、CON-70Nが使えるのはうれしいポイントです。
プッシュ式コンバーター
CON-70NはCON-40Nや他社のコンバーターと比べて、スペックどおりインクを多く吸入できるようです。
ただプッシュ式は回転式と比べて、最後まできちんとインクを吸えたのかよくわからない感じがします。
何度もプッシュすると、ペン先からインクを吐き出しつつ、徐々に管内の水位が上がってくるイメージです。
プッシュ式はどのあたりで満タンになるのか、作業のやめ時が読めないので、単純にピストンを引き上げる回転吸入式の方がわかりやすいと思いました。
CON-70Nはインクの撹拌用か、内部のシャフトに円筒形の金属部品が取り付いていて、上下に動く仕掛けになっています。
プラチナのカートリッジに入っている金属球と同じで、最初はカチャカチャなる音が気になりました。
しかしコンバーターの中にインクを入れて、万年筆の胴軸に収めると、インクが緩衝材になったり吸音効果があるのか、音はそれほど気にならなくなりました。
球型の撹拌パーツより可動域が制限されているため、比較的ノイズが小さいのではないかと思います。
インクの単価計算
カートリッジインクの単価は、定番色なら1本あたり44円、色彩雫は165円と4倍近くかかります(ともに税込で計算)。
パイロットのカートリッジは容量0.9mlなので、1mlあたりの単価は定番色で48.9円、色彩雫は183.3円です。
黒赤青の350mlという大容量のインク瓶(1,650円)なら、1mlあたりたったの4.7円で済みます。
まるでペットボトル入りのドリンクかポン酢のように見えるインク瓶で、一生使えそうなくらいの巨大サイズです。
色彩雫の通常サイズ50mlは同じ1,650円で、1mlあたり33円。
それでも標準カートリッジインクより安いという計算になります。
微妙な違いかもしれませんが、毎週何本もカートリッジを消費するようなヘビーユーザーであれば、瓶入りインクを使った方がリーズナブルといえます。
特に色彩雫のカートリッジは高すぎて常用に適しません。
あくまでお試し用のサンプルという感じです。
喪中はがきに冬将軍
長期的なコストパフォーマンスを考えると、瓶入りインクも一度は試した方がいいような気がしていました。
インクは一応、同一メーカーで揃えた方が無難かと考え、パイロットの色彩雫にしました。
色彩雫はほかのメーカーのインクよりも、瓶のデザインが洗練されているように感じます。
ラベルには”PRODUCED by PILOT”と書いてあるので、製造元は別の会社かもしれません。
アップル製品の”Designed by Apple in California, Assembled in China”と同じで、「生産地は台湾や中国だけど、デザインにはこだわっているよ」というアピールに見えます。
また色彩雫は各カラーの名前が漢字2~3文字で、詩的な表現になっているのがユニークです。
普通のブラックは竹炭、レッドも冬柿と呼べば、何となくストーリー性のある調合に見えてきます。
トンボの色鉛筆「色辞典」と似た感じで、日本の伝統色をイメージさせる繊細な色合いが魅力的です。
せっかくなら普通のカートリッジにはない色を選ぼうと思い、色見本で薄いグレーに見えた冬将軍を購入しました。
色味のはっきりしたカートリッジの定番色とは異なる、薄めのカラーに興味があります。
たまたま買った時期が冬だったという、単純な理由でもあります。
冬将軍は喪中はがきの宛名を書くための薄墨インクと似ています。
青みがかったグレーで、やや紫がかっているように見えます。
カスタムカエデの柔らかいペン先とはよく似合っていて、万年筆らしい穏やかな筆跡を楽しめます。
見立てとネーミング
インクといえばセーラーの四季織シリーズも、色彩雫と似たようなネーミングで興味を惹かれます。
こちらは四季をモチーフにしていて、季節ごとのおすすめカラーが用意されています。
プラチナのミクサブルインクは、その名のとおり「混ぜること」前提につくられた製品のようです。
専用のうすめ液も使えば、冬将軍より淡い色の繊細なカラーを調合できそうです。
万年筆のインクは色合いそのものよりも、変わったネーミングで独自の世界観を見立てて楽しむ要素が大きいと感じます。
茶色がかった灰色を「ウォームグレー」と呼ぶよりは、日本の伝統色で「源氏鼠(げんじねず)」とか表現したほうが雰囲気ありますよね。
たとえば冬将軍にならって、冬寂(Wintermute)なんて名前のインクはいかがでしょうか。
ウィリアム・ギブスンのSF小説『ニューロマンサー』に出てくるAIの名称です。
黒丸尚という名訳者が生み出した漢字の訳語が、いかにも万年筆のインクらしいと感じています。
インク沼へようこそ
万年筆本体と比べてインクは安いので、ついつい多めに買い込んでしまいます。
すでにカートリッジは使い切れないほど自宅に在庫があり、そのうえ瓶入りインクを集め始めると収拾がつかなくなりそうです。
50mlの標準サイズを買った色彩雫は、数か月使ってもほとんど減る気配がありません。
1.1mlのCON-70Nに満タン補給して、45回は使える計算になります。
ほかの万年筆やインクとローテーションしながら使っているので、このまま数年は持ちそうな勢いです。
長期保管すると、インクの劣化や万年筆へのダメージも気になります。
最初はコスパを考えず、15mlのミニサイズで試せばよかったと後悔しています。
ペン先がFでなく、ドバドバの出そうなMやBであれば、インクの消費量が増えたかもしれません。
紙の上に乗るインクの濃淡を楽しむという意味でも、インクの沼を追求するなら太字を選んだ方が効率はよさそうです。
市販のインクだけでも、一生かかって使い切れないほど種類があるのに、独自の配合を考え始めるとさらに悩みが増えます。
購入したインクを試すには、新たな万年筆が必要になり、入れ物も中身も増えていくという負のスパイラルに陥ります。
最近買ったプラチナの出雲やLAMY2000にあわせて、各メーカーのインクも買い足してしまいました。
まさに作家の片岡義男さんが、『万年筆インク紙』というエッセイで書かれている泥沼の世界です。
それぞれの相性が気になり始めると、同じ型番の万年筆を何本も買って、書き比べるということになりかねません。
さらに製品同士の世界観や統一感まで考えて組み合わせるようになると、万年筆が100本あっても足りなくなりそうです。
まとめ
パイロットのカートリッジインクは色彩雫以外の標準版でも10色あり、たいていはこれで間に合うといえます。
定番色にない微妙な中間色や、彩度・明度が低い趣味的なインクを使いたい場合は、瓶入りタイプが候補になるかと思います。
単価も安いので、ヘビーユーザーの方ならカートリッジよりランニングコストが安くて済みます。
今回選んだ冬将軍はブルーグレーの控えめな発色が気に入っています。
ただブルーブラックのインクは他にもたくさん持っているので、赤みを帯びたカエデの木軸に合わせて、暖色系のインクも試してみたい気がしてきました。
色彩雫であれば名前もそのまま「紅葉(モミジ)」というカラーはカエデに合いそうです。
「山栗」あたりのくすんだ茶色も、枯れた質感のカエデに似合うと思われます。
ほかの万年筆とローテーションしながら使っているということもあり、半年経っても冬将軍の50mlは中身がほとんど減っていません。
色彩雫は瓶のデザインが素敵なので、別の色も買い足したいと思いつつ、ますます無駄な持ち物が増えそうなので悩んでいます。