万年筆の敷居が高く感じるのは、本体とは別にキャップであるからではないでしょうか。
しかも高い万年筆はたいていネジ込み式で、着脱に時間がかかります。
そんな悩みを解決するのがパイロットのキャップレス。
名前のとおりキャップがない、ノック式のめずらしい万年筆です。
以前から気になっていた商品ですが、かたちが特殊すぎて使用感を予測できず、値段もそこそこするため、購入をためらっていました。
たまたま中古のデシモが1万円前後で売られていたため、試しに買ってみました。
実際に使ってみると、首軸に取り付けられたクリップが邪魔で、自分の場合はうまく握ることができませんでした。
持ち方を工夫すれば、内部ユニットのしなりを伴った独特の柔らかさを堪能できます。
競合製品のキュリダスやノーチラス、LAMYダイアログCCのように、キャップレスもクリップを外せればさらに使い心地がよくなると思います。
18K素材の金ペンとしては価格も比較的リーズナブルで、一度は試して損はない製品だと感じました。
キャップレス・デシモの基本情報
今回購入したキャップレス・デシモは、ダークグレーマイカの型番FCT-15SR-GYです。
ペン先はFを選びました。
実測重量はカートリッジインクを装着して21グラム。
筆記時の全長(ペン先からノックボタン頂部まで)は136ミリでした。
キャップレスの第一印象
万年筆に興味を持ち始めてから、パイロットのキャップレスはずっと気になっていた商品のひとつです。
万年筆としてはめずらしいノック式なので、初心者でもボールペンのように手軽に扱えるのでは、という予感がしました。
また自分は万年筆のキャップを尻軸に差さずに使うタイプです。
キャップレスなら外した後のキャップの置き場に困ることもありません。
ノック式で手軽に扱えることから、普段の生活で万年筆の出番を増やせるのではとワクワクします。
しかしキャップレスは定価1万円以上する高級品…
ペン先が金でできた万年筆としては、同じパイロットでもカスタム74やヘリテイジ91といった廉価なモデルが存在します。
ビギナーとしては、こうした標準的なデザインの定番品を選んだ方が、無難かもしれません。
キャップレスに対しては当初、万年筆を使い慣れた上級者向けの、携帯用飛び道具という印象を受けました。
クリップの位置が変
キャップレスは常識的にイメージされる操作感とは逆で、クリップ側からペン先が出てくる仕様になっています。
インク漏れを防ぐため、ペン先を上に向けて保管することを直感的にアフォードするためと思われます。
普通のシャーぺンやボールペンに慣れた身としては、思わずクリップのついたペン先側をノックしてしまいそうで混乱します。
またペンを持つ部分に細長いクリップがあるので、手に当たって邪魔にならないかと気になりました。
謎に多すぎるバリエーション
いろいろ不安を感じさせるデザインですが、パイロットのなかではロングセラー商品のようです。
キャップレスシリーズは1963年に登場してから、2023年で60周年を迎えるそうです。
キャップレスは標準モデル以外にも、細身で軽量なデシモ、回転式のフェルモ、ロジウム仕上げのストライプ柄といったバリエーションが用意されています。
さらに胴軸の素材違いで、木軸・マーブル柄・漆塗りの螺鈿つきといった、趣味性の高い高級版も存在します。
廃番のアンティークまで含めれば、無数の選択肢があるようです。
およそ万年筆らしからぬキワモノっぽい外観にも関わらず、やたらと種類が豊富なのは売れているからなのでしょう。
2019年にはキャップレスLSという、レクサスのセダンのような名前がついた高級製品もラインナップに追加されました。
静音性の高いノック&ツイスト機構を新たに搭載していて、品質改良への並々ならぬ意欲を感じさせます。
ここまでメーカーが力を入れている背景には、製品シリーズの熱心なファンがいると推測されます。
おそらく万年筆沼のなかでもさらに、キャップレス沼というニッチな分野が存在するのでしょう。
見た目の奇抜さに関わらず、実際に使ってみたら意外と書きやすくて便利なのかもしれません。
内部のペン先ユニットは互換性があるらしく、素材や色違いで何本か揃えてみたくなるような魅力も秘めています。
歴代キャップレス展
キャップレス生誕60周年を記念して、2023年2月1日から5月31日まで、東京・京橋のパイロットコーポレーション本社で「歴代キャップレス展」というイベントが行われているそうです。
過去に製造された37点ものキャップレスが展示されているらしく、万年筆好きならぜひ訪れてみたい催しです。
自分も期間中に東京に行く機会があったら、ぜひ見学してみたいと思います。
デシモを選んだ理由
それから数年、ほかの万年筆を何本か試しみて、再びキャップレスに興味がわいてきました。
廉価な鉄ペンから始めて14Kの入門用金ペンも経験し、サイズや重量、ペン先の素材と設計の違いで、書き心地が変わってくることは理解できました。
その上でさらに高級な18Kニブの購入を考えると、予算2万円以内で手に入るキャップレスが意外とリーズナブルに見えてきます。
ノック式万年筆というのは自分にとって未知のジャンル。経験のため一度は試してみたいという気持ちがあります。
もしこれがすごく気に入れば、普通のキャップ型製品には戻れなくなるかもしれません。
新たな万年筆購入に関する選択肢を減らせるという意味で、経済的・精神的に魅力的な可能性を秘めています。
最近は万年筆の楽しさがようやくわかってきて、「もっと使いやすいペンがあるのでは?」と次々買って試すようになりました。
この先また何本も万年筆を買うつもりなら、唯一無二の存在であるキャップレスは避けて通れません。
何年も迷っているよりも「早めに買って経験に投資した方が効率よいのでは?」と考えて、ついに購入を決心しました。
ブラックマットかLSか
いくつかある製品群のなかからキャップレスを選ぶなら、シックな18Kのブラックマットにしようと決めていました。
最近は細字の万年筆が気に入っているので、EFのペン種を選べるのもブラックマットのメリットです。
しかし店頭で実物を確認すると、胴軸中央部のリングはグロス調でツヤツヤに仕上げられています。おそらく分解時にパーツがこすれて、塗装がはがれるのを防ぐための加工と思われます。
あるいは単にデザイン上のアクセントとして、光沢のあるブラックと組み合わせてみたのかもしれません。
全体的にマットブラックで精悍な見た目なのに、口金やクリップだけ光沢を出して目立たせるのは、筆記具業界のお約束といえます。
例えばパーカーIMのボールペンや、最近出たトンボZOOMの新ライン、L2マットフルブラックも、口金と胴軸頂部がツヤあり仕上げになっています。
地味で渋いLAMY2000の万年筆も、意外なことにキャップの端部だけツヤのある仕様でした。
個人的には、長年使っているLAMY Swiftローラーボール(マットブラック)のような、完全ツヤ消し塗装のペンが好みです。
新製品のキャップレスLSブラックマットは写真や動画を見るかぎり、トリムも含めて光沢のあるパーツは使われていないようです。
しかし新開発の回転収納機構と胴軸連結部の宝飾加工というセールスポイントに対して、通常キャップレスの2倍以上お金を払うのは覚悟がいります。
しかもLSのなかでブラックマットだけ、中央部の装飾は省かれているのに値段は同じで、ちょっと損した気分がします。
背伸びしてLSを買うか、見た目は妥協して普通のブラックマットを買うか、悩んでいるうちに時間が過ぎていきました。
木軸キャップレスの惜しい点
ほかの購入候補として、いちおう木軸のキャップレスも検討してみました。
すでに持っている木軸万年筆、レグノ89sの質感がよかったので、同じコムプライト素材なら触り心地は期待できます。
ただしキャップレスの木軸は、組み合わされた金属パーツがシルバー色なので、好みではありませんでした。
素朴な見た目の木軸ペンは、タイムラインPASTのようにツヤ消しブラックのパーツと合わせた方が似合う気がします。
ついでに言えば、タイムラインPASTのボールペンも繰り出されるペン先はブラックで統一した方が精悍に見えたと思います。
カラバリ豊富なデシモ
キャップレスの持ち味である機動性を生かすなら、アルミ素材で軽いデシモのシリーズも魅力的です。
価格は通常のキャップレスと同じ16,500円(税込)で、ブラックマットの19,800円(税込)より若干安く手に入れることができます。
また2019年から2020年にかけて発売された20カラーズのデシモは、胴軸にアルマイト処理とヘアライン加工が施され、落ち着いた色合いになっています。
限定版ですが、まだ大型文具店や通販サイトでは在庫が残っているようでした。
デシモはとにかくカラーバリエーションが豊富で、そのためかえって1色を選べないというデメリットがあるように思います。
自分が普段は手に取らないような赤やオレンジでも、使ってみたら案外気に入るかも…と想像を膨らませていると、なかなか購入に踏み切れません。
マルチカラーの罠
デシモの色違いは中に入れるインクや気分によって、複数本を使い分けてもらおうというコンセプトなのかもしれません。
多品種少量生産するのは効率が悪そうですが、マニアの方がたくさん買ってくれそうな気もします。
マルチカラーの筆記具を並べた商品写真は、にぎやかで楽しそうに見えるのが不思議です。
単体では浮いてしまいそうな派手な色でも、何色か並べると自然に見える、心理的な効果があるのかもしれません。
しかし、あえて変わった色を買って家に持ち帰ったら、全然きれい見えなくて失敗したという経験もあります。
長い目で見ると、やはりモノトーンが飽きにくくて、ほかの文具とも合わせやすく、メリットが多いように思います。
限定版も含めて色数豊富なデシモのなかで、あえてブラックやパールホワイトを選ぶのが渋くてかっこいいという気もします。
ダークグレーの魅力
キャップレスのブラックマットか、デシモのブラックか…と悩んでいると、たまたま中古で安く売られているデシモを見つけました。
色はダークグレーマイカで、やや濃い目のシルバーという印象です。
ただしデシモはカラーによってペン種の選択肢が限られ、ダークグレーにEFはありません。
マットでもグロスでも男らしく潔いブラックは魅力的ですが、あえて黒でも白でもないグレーを選ぶのもよいかと思いました。
ここ数年のトレンドでは、文具に限らず車や服でも「くすみカラー」「ニュアンスカラー」といった微妙な色が流行っています。
万年筆としては王道の仏壇カラーやブラック×シルバーよりも、ダークグレーが洗練されて見えるような気もしてきました。
中古の万年筆という選択肢
またキャップレスの基本性能を試してみたいという目的なら、まずは中古で安く手に入れてみるのがリーズナブルと思いました。
とりあえず使ってみて気に入ったら、さらなる上位製品にグレードアップしたり、ペン先の太さを変えてベストな書き心地を追求してみるというのが合理的です。
いきなり高価なLSを買って気に入らなかったら、後悔することになると思います。
本当は実店舗で試し書きさせてもらうのが確実かもしれませんが、田舎に住んでいるので近くに伊東屋や丸善はありません。
国産メーカーの製品なら、中古やセール品を通販で買っても、それほど品質に間違いはないだろうと考えました。
せいぜい1~2万の価格帯なら、失敗してもそれほど後悔はありません。
販売されているデシモのペン種はFでしたが、最近買った別のEFスチールペンは紙との摩擦や引っかかりが気になっているところでした。
そこまで線の細さを追求しなくても、Fの方が無難で潰しがきくかと妥協しました。
さんざん悩んだ結果、ひとまず中古のデシモを買って試してみることにしました。
外観と内部機構
最初に見た目の印象と、中身の仕組みについてまとめみたいと思います。
高級感のある塗装
自宅に届いたキャップレス・デシモを触ってみて、「思ったより高級感があるな」と感じました。
ダークグレーマイカという名前のとおり、胴軸には雲母(マイカ)の鉱物を連想されるような細かい粒子状のパターンで塗装されています。
ラメ加工のようにギラギラ反射する安っぽい演出ではなく、微細な粒子を均一に積層させて、その上からクリアコーティングしたような感じです。
遠目からは均質に見えて、目を近づけると繊細なテクスチャーの変化を楽しめます。
実用的な面からしても、塗装によって無垢の金属より滑りにくくなり、グリップ力は向上しています。
1,000円くらいの金属製ボールペンとは、塗装からして明らかにグレードが違うという印象を受けました。
手元にあるカクノやプレピー、セーラーのプロフィット・カジュアルなど樹脂製の万年筆と比べても、デシモはワンランク上の高級製品という雰囲気があります。
ペン先の穴がかわいい
キャップレスの魅力のひとつは、ペン先を出し入れするため先端に開けられた穴のかたちだと思いま
す。
ペン先の平べったい形に合わせ、かまぼこ型になっています。
筆記具の断面形状は円筒形や多角形が基本で、ペン先に向きがある万年筆でもアシンメトリーな形状というのは、あまり見かけません。
キャップレスも先端の穴を円形にすることはできたと思いますが、余計な隙間をなくしてゴミが入るのを防ぐためか、ペン先を出し入れできる最小の開口部になっています。
とさかのようなクリップを上にして、ベロっとニブが出てくる様子は、どこかユーモラスです。
かまぼこ型の穴がクリップ側に寄っていて、LAMY2000と同様に下端は斜めに切り落とされて、丸い首軸につながっています。
この立体的な金属のかたまりは、彫刻のように美しく見えます。
デシモの先端をずっと見ていると、何か生き物の顔のように思われてきます。
ペン先を閉まった状態だと、コイやナマズのような魚と似ている気がします。
なんとなく魚化したキャップレスの絵を描いてみました。
ノックの感触は良好
キャップレスのノックボタンは、普通のボールペンより長めに設計されています。
見た目はアンバランスですが、実際に操作すると、そこまで違和感はありませんでした。
親指でも人差し指でも、胴軸を持ったまま片手でノックできます。
金属製の内部機構から伝わってくるカッチリとしたフィードバックから、高級品らしい安定感を感じました。
ペン先の穴をのぞき込むと、ノック時に開閉するシャッターまで先端から3mmくらいのマージンがあります。
ここを狭くすれば、ノック時のストロークを短くして、ペン先の出し入れも楽になると思います。
おそらくインク漏れや異物の侵入リスクを考えて、安全のために余白を確保したのではないかと推測されます。
動作音が大きい
ノックしてペン先を出し入れすると、「ガチャン…ガッチャン」とそこそこ派手な音がします。
比較としては、パーカー・ジョッターのボールペンで金属製の方、「シャキン…スコン…」というノック音を重厚にしたような感じです。
実用的には、わかりやすいノック音があった方が、ペン先の状態を判別しやすいと思います。
また人によっては、金属質でメカっぽい操作音が好きというタイプもいそうです。
ジョッターのようにノック音が騒々しいボールペンを使うと、仕事モードへのスイッチが入るような感じもします。
自宅で使う分には問題ないですが、静かな図書館やコワーキングスペースでは大きめのノック音が気になるかもしれません。
この問題を解決するために、LS(ラグジュアリー&サイレンス)という上位機種が開発されたのかもしれません。
静音性という評価軸
すでに持っているパイロットのレグノ89sという木軸万年筆は、嵌合式のキャップで「パチッ」という着脱音が心地よく感じます。
パイロットの万年筆は、内部の動作音にもこだわりを持ってつくられているように感じます。
新製品のLSがどれほどマイルドな操作感なのか、いつかは触って試してみたい気がします。
最近では他にもぺんてるのカルムなど、ノック時の静粛性を売りにしたボールペンが出ています。
機能面での差別化が難しくなった筆記具業界において、静音化という新たな訴求要素が競われているようです。
パソコン用のキーボードと似た感じで、日本市場ならではのガラパゴスな文化を感じます。
精密な内部機構
デシモの胴軸を分解してみると、ペン先を支える首軸からカートリッジのカバーまで、パーツはすべて金属でできています。
ノック動作で負荷のかかる部分なので、ある程度の剛性と耐久性は要求されるでしょう。
ノック棒の中までは分解しませんでしたが、内部ユニットを押し下げる接点だけ白いプラスチック製に見えました。
キャップレスの内部は加工精度の高さや表面の滑らかさから、機械式時計のムーブメントのようなこだわりが感じられます。
まるでケース裏の見えない部分まで丁寧に仕上げられた、Apple製品のようです。
インク残量がわかりにくい
キャップレスの中身は複雑そうな予感がしていましたが、実際に開けてみるそこまで難解ではありませんでした。
首軸に一か所突起があり、それを胴軸ネジの切り欠かれた溝に合わせると、正しい位置にセットされる仕組みになっています。
説明書を読まなくても、直感的に分解してインクカートリッジを交換することができます。
ひとつ問題があるとすれば、カートリッジに金属製のカバーをかぶせるため、インクの残量がわかりにくいという点です。
普通の万年筆と比べれば、胴軸を開けたあとにカバーを外すという手間がかかります。
ただしCON-40のコンバーターを使う場合は、ノックに耐えうる強度があるのか、金属カバーなしでも済むようです。
大容量のCON-70Nコンバーターには、残念ながらキャップレスは対応していません。
最初に気づいた問題点
見た目は気に入ったキャップレス・デシモですが、インクを入れて使ってみると思わぬトラブルに見舞われました。
ペン先から異音?
さっそくパイロット製のカートリッジインクを差して、試し書きしてみました。
高価な万年筆で最初に文字を書くのは、毎回ドキドキする体験です。
インクが出るまで時間がかかりましたが、カートリッジを指で押したりして刺激を与えてみたら、1分ほどで解消しました。
ペン先のタッチはカリカリと神経質な印象で、若干、紙に引っかかる感触がします。
何となく線もかすれがちです。
またペン先が紙に当たると「キュルキュル」という不快な音がします。
いかにも細字の万年筆らしい「サラサラ」「シュルシュル」という筆記音ではなく、ガラスを爪でひっかくような不快な音です。
以前、別の万年筆でも似たような症状が出たことがあり、これは不良品に当たったかと焦りました。
中古品を買ったのがまずかったのかもしれません。
個体差か不具合か…
ペン先の硬さや線の太さというのはスペックから事前に想像できますが、微妙な触感や筆記音というのは実際に使ってみないとわからない要素です。
個人的な好みや相性もあり、一概に製品の不具合とはいえないのも難しいところです。
これがあるから、万年筆はほかの筆記具に比べて闇が深いと思います。
個体差・相性・経年変化…そうした要素が組み合わされて、コンディションやフィーリングが変わってきます。
値段が高ければ優れているというわけでは決してなく(特に海外製品)、万年筆の買い物は賭けみたいなものです。
デシモの見た目や操作感は気に入っていたので、肝心の書き心地がイマイチというのは残念でした。
数日でトラブル解消
中古とはいえ1万円近くした万年筆が不良品?というのは悔しいので、その後もしばらく我慢してデシモを使い続けてみました。
2日ほど経ってふと気づいたら、筆記時の感触が驚くほどスムーズに変わっていました。
ペン先が自分の書き癖になじんだのか、違和感の原因だったバリが取れたような感じもします。
不思議と紙に触れるタッチは柔らかく、線を引いてもほとんど音がしなくなりました。
手持ちの万年筆のなかでも、今まで体験したことのないフワフワの書き心地です。
ほとんど筆圧をかけなくても、ペン先を動かすだけでスルスルとインクが乗ってきます。胴軸や内部のパーツが金属製で、若干重さがあるのが効いているかもしれません。
「これが18金万年筆、本来の実力なのか!」と感激しました。
握り方の問題だった
急に使用感がよくなった原因を究明すべく、ペンの持ち方や筆圧を変えたりして、いろいろ試してみました。
どうやらキャップレスは、握り方が筆記感に大きく影響するようです。
クリップ部分を親指と人差し指で挟むような普通の握り方だと、自分の場合、なぜかキュルキュルと不快な音が発生してしまいます。
ペンを少し手前に回転させて、親指の腹でクリップを押さえつけるように持つと、とたんに安定した書き心地に変わります。
じっくり観察してみると、自分は手首を外側に回転させてペンを握るくせがあるようです。
キャップレスで推奨されるような、クリップを指で挟む持ち方だと、ペン先が紙に斜めに当たってしまうとわかりました。
ちょうどペンポイントの右側面をこすりつけるような感じです。
個人的なくせを認識
今まで意識したことはなかったですが、自分の持ち方にくせがあるのは、利き腕のひじに障害があるからだと気づきました。
昔のケガで肘と手首の可動域に制限があり、腕を完全に伸ばしたり、肩に手がつくまで曲げることができません。
手首も途中までしか回らないので、普通の人より若干手のひらを外に向けた状態でペンを握ることになります。
また、ひじをなるべく曲げなくて済むように、体から離れた場所にノートを置いて、腕を伸ばして書く傾向があります。
そのためデシモのクリップを正しく持つと、手首の回転に連動して、ペン全体が外側にひねられた状態になります。
この状態で書くと、ペン先の側面が紙に当たるという不安定なポジションになりがちです。
対策として、意図的に肩を上げて腕全体をねじるようにすれば、正しい握り方でキャップレスを扱えます。
パソコンのキーボードでタイピングするときは、仕方なくこういう姿勢をとっています。
ただしペンで文字を書くときは、手先の精密な動作が要求されることもあり、肩が疲れるこの方法は続けるのが無理だとわかりました。
これまで鉛筆やシャープペンシル、ボールペンを使っている間は気づかなかった課題でした。
万年筆でも普通のキャップ式は握り方の自由度が大きいので、自分が変な持ち方をしていることを意識していませんでした。
キャップレスは特定の持ち方をユーザーに強いるという点で、グリップのくせに気づかせる矯正効果をもったペンといえます。
三角グリップが苦手な理由
振り返ってみると、今までキャップレスに限らず、握り方に制約のあるペンは意図的に避けていました。
例えばLAMY製品は好きですが、有名なサファリのシリーズは買ったことがありません。
三角形にえぐれたグリップが、なんとなく使いにくそうに見えたからです。
先日購入したペリカンのツイスト万年筆も、グリップがサファリのような三角形状になっていました。
線がかすれて使い物にならないと放置していたのですが、デシモと同様に持ち方を変えると急に改善されました。
ちょっと不安定で持ちにくいですが、グリップ面から指をずらし、エッジに腹を当てるような握り方になります。
パイロットのカクノもグリップが三角形なのですが、こちらは今まで使いにくいと感じたことがありません。
よく見るとカクノの首軸は、おにぎり型にゆるく面取りされていて、三角形というより六角形に近い断面形状をしています。
そのため握り方の制約が少なく、万人受けする設計になっているように思います。
押しつけがましい人間工学
三角グリップのペンはエルゴノミックで人間工学的と言われることがありますが、決してユニバーサル(年齢・性別・障害の有無に関わらない)ではないと感じました。
ペリカンのペリカーノなど、子どもの教育において「正しい持ち方を教える」という意味では、こうした製品群にも存在意義はあるでしょう。
ステッドラー・エルゴソフトのように、方向に制約がない鉛筆や色鉛筆であれば、自分も問題なく使えます。
ただ紙面の当て方に特定の角度を要求される万年筆は、三角グリップとの相性が悪いようです。
グリップ部分にクリップが配置されているキャップレスも同様です。
内部のペン先だけ回転させて微調整できる機能があればよかったですが、デシモの構造を見るかぎり、そういった改造は難しそうです。
思い切ってクリップを無理やり取り外そうかと考えましたが、不可逆的な加工になりそうなので、まだ迷っています。
キャップレスの書き心地
グリップの問題が解消されたところで、キャップレスが本来持っていたのであろう、抜群の筆記感についてまとめみたいと思います。
フワフワした無重力感
クリップ上に親指の腹を乗せるという変則的な握り方ですが、デシモの書き心地は格段に改良されました。
紙の上でペン先を滑らせても、ほとんど音を立てず抵抗を感じません。
まるで雲の上を歩いているような、筆圧をかけずにスルスルと無重力で書ける不思議な感覚です。
現在10本近くの万年筆を所有していますが、デシモのスムーズな筆記感は最高に気持ち良いレベルでした。
低粘度の油性ボールペンや4Bシャーペンとも違って、摩擦抵抗をまったく感じないのが驚きです。
インクフローはスムーズで、多すぎず少なすぎず、適度な量が供給されます。
ペン先はF・細字ですが、同じパイロット製のレグノ89s(F)とほぼ同じ線幅になりました。
このあたりは大手国内メーカーらしい、品質の安定性をうかがわせます。
ペン先とペン芯の形状
書き味の柔らかさは18Kという素材の性質によるものと思われますが、それ以上にペン先の設計・形状が大きく影響しているようです。
見た目は細くて小さい、鳥のくちばしのようなペン先が、首軸の内部まで長く伸びています。
LAMY2000も極小サイズのペン先ですが、あちらは首軸のフードに接しているので、それ以上にペン先がたわむことはありません。
キャップレスはノック式という機構上、ペン先ユニットが首軸に触れない構造になっています。
軸の内部、見えない部分でキャンティレバー(片持ち式)になった細いペン先が、独特のしなりを生み出しているように思われます。
ペン先の柔らかさでいえば、パイロット製のカスタムカエデも有名です。
カエデは14Kですが、10号規格というボリュームのあるペン先全体が、ふくよかにたわむ印象です。
キャップレスのペン先はカエデの10号と同じくらいの長さがあり、幅の狭い肉薄なペン芯ごと大胆に変形するようです。
そのため金素材のペン先パーツがしなるのに加えて、内部にサスペンションが仕込まれているようなショック吸収効果を味わえます。
これが筆記時の衝撃や紙面の微細な凹凸をいなしてくれて、極上の滑りを実現しているように思われます。
手元の視認性
購入前に「キャップレスはペン先の露出が小さいので、視認性が悪くなるのでは?」という懸念もありました。
ガイドパイプの長い製図シャーペンを使い慣れていると、先端がぽってり膨らんだペンは文字が見えにくそうに感じます。
たとえばゼブラのボールペンのブレンは、ノック式でもペン先がブレないのが売りですが、胴軸端部にリフィルを固定するパーツが内蔵されています。
そのため普通のボールペンよりペン先のまわりが肥大化していて、紙面が見えづらくストレスに感じます。
キャップレスも最初は視界の狭さに違和感を覚えたのですが、使っているうちに気にならなくなりました。
要は慣れの問題で、キャップレスの小さいペン先は許容範囲内と思われます。
プラチナ万年筆が発売した競合製品キュリダスは、視認性の懸念を解消するために長めのペン先を押し出せる工夫がなされているようです。
適度な重さと重心位置
キャップレス・デシモは胴軸が金属製のため、一般的な樹脂製万年筆よりは重量があります。
カートリッジとカバーを内蔵した状態で21グラムありました。
デシモはアルミ素材で軽量ですが、真鍮製の通常キャップレスなら、さらに重くなると思われます。
またキャップレスは筆記時にキャップを外さないため、尻軸にキャップを差すのと似たような高重心になりそうです。
ところが実際は首軸側にクリップがあり、内部パーツの重量も先端側に偏っているせいか、ノックした状態でちょうど中央部分に重心があります。
このあたりは普通の万年筆らしい持ちやすさを意識して、重心の位置が綿密に設計されていそうです。
アルミ製のデシモでもそこそこ自重があるため、筆圧をかけずにペンポイントを紙面に乗せるだけでインクが出る、というイメージがあります。
ペン自体の適度な重さが、力をかけないフワフワした書き心地に寄与しているのかもしれません。
重いペンが好きな方なら、キャップ分の重量も上乗せできて重心の位置も適切な、ノック式・ツイスト式の万年筆が気に入ると思います。
LAMYのダイアログ3やCCは、キャップレスよりさらに重量が増しているようです。
最後まで気になった点
使い続けていればいずれ慣れるかと思ったのですが、首軸に取り付けられたクリップについてはまだ納得がいきません。
やはりクリップが邪魔
キャップレスの書き心地は最高なのですが、やはり最初に違和感を覚えたグリップ問題が気になります。
クリップ上に指を乗せる変則的な持ち方では、どうしても手元がぐらついて安定しません。
またキャップレスのなかでもデシモは細身なので、ほかの太軸ペンに比べると心もとなく感じます。
余計なクリップを切断して、上からDr.Gripのゴム製グリップをかぶせたりすれば、握り心地は改善されるような気もします。
基本性能がすぐれているだけに、自分の手に合わないというのは残念な製品でした。
筆記具を正しく持てる方なら、キャップレスも問題なく握れると思います。
もともとペンの持ち方にくせがあるとか、肘や手首に障害のある方は避けた方がいい万年筆かもしれません。
ノック方向が逆
購入前から気になっていたもうひとつの問題点は、ノック方向が普通のペンとは逆、という点です。
ボールペンやシャーペンとは逆の位置(ペン先側)にクリップが取り付けられていて、立てて保管する場合も向きが反対になります。
最初は間違ってノックボタンでなく、クリップのあるペン先側をプッシュしてしまうこともしばしば…
鋭利なペン先が出た状態だと、指に突き刺さるかもしれません。
次第に慣れてはくるのですが、それでも長年使い慣れたペンの形状とは異なり、違和感を覚えます。
最初からクリップがなければ、こうした混乱も避けられたと思います。
逆さに収納するミス
またキャップレスを机上で立てて保管する場合、取り出し・戻す際にそれぞれペンを180度反転する必要が出てきます。
筆記時と収納時で上下の向きが逆になるため、わざわざペンを持ち替えて回転させることになります。
普通のボールペンのように、ノックした手で、そのままペン立てに戻すわけにはいきません。
うっかりペン先を下にして、キャップレスを保管してしまったことが何度かあります。
もちろん普通のキャップ式万年筆でも、同じ反転動作が必要になるのですが、キャップの着脱は両手で行うので、あまり気になりません。
筆記時・収納時の姿勢からいったん水平、ニュートラルな状態に戻してキャップを開け閉めするからと思われます。
つまり、キャップレスはノック式ボールペンと形状が似すぎているがために、向きが逆で混乱するのではないかと思います。
たとえばキャップ式のボールボールペンやシャーペン(ケリーなど)において、クリップがキャップでなく胴軸側に付いているようなイメージです。
実用上の問題はないですが、慣れ親しんだ形状とは方向が反対なため、違和感を覚えるのではないかと思います。
もちろん、ペンを立てて収納しなければ「ノック方向が逆」問題は緩和されます。
キャップレスを愛用されている方は、寝かせて収納するタイプのペントレーを使用されているのでは、と想像しています。
その方が、上を向いたペン先からほこりやゴミが入らないというメリットもありそうです。
その他のノック式万年筆
ノック式万年筆という分野ではキャップレスが有名ですが、ほかのメーカーも似たような製品を出しています。
LAMYダイアログ3/CC
真っ先に思いつくのはLAMYのダイアログ3で、こちらはノック式ではなく回転式になっています。
持ち手にクリップがついているという点ではキャップレスと似ています。
同じ14Kニブのペン先を備えていますが、LAMY製品の方がやや高価です。
以前、銀座の伊東屋に試し書きコーナーが用意されていて、ダイアログ3に触れるチャンスがありました。
ペン先はFだったかMだったか覚えていませんが、インクがヌラヌラ出て書きやすいペンだと感じました。
ダイアログ3は同社のSwiftという水性ローラーボールと似た感じで、ペン先を出したときにクリップが固定される特殊機能があるようです。
筆記時にクリップ付近を握った際の、不安定感をなくすための工夫と思われます。
Swiftのようにクリップが完全に埋没する仕組みだとよかったのですが、さすがに万年筆でそこまで実現するのは難しかったのでしょう。
パイロットのキャップレスと同じくグリップ部分にクリップが残るため、持ちにくそうな予感がします。
キャップレスを買おうかどうか迷っていた頃、2022年に後継モデルのdialog ccが発売されました。
こちらはダイアログ3の全長をコンパクトにした弟分という感じです。
大きな変更点として胴軸のクリップが省かれ、代わりに転がり防止の突起プレートが取り付けられています。
もしかすると、自分がキャップレスで感じたような握り方の制約をなくすため、あえてクリップを外したのかもしれません。
ダイアログCCは値段が高いので迷っていますが、もし将来、ノック式もしくはツイスト式の万年筆を買い足すとしたら、これを選んで比べてみたいと思います。
プラチナのキュリダス
「キャップレスは気になるけど値段が高いなぁ」と思っていたら、まさに万年筆初心者のニーズをとらえたような新製品が2020年に発売されました。
ペン先はスチール製なので、キャップレスと同じ土俵で比べていいのかわかりません。
ただしペン先がEFの極細まで用意されているところに、プラチナの本気度を感じます。
キュリダスは同軸素材がプラスチック製なので、プリズムクリスタルの透明色ならインク残量を確認しやすそうです。
付属のツールでクリップを取り外しできるという新機能は、明らかにキャップレスの欠点を意識しているように思われます。
クリップを外しても胴軸の突起が転がり防止の機能を果たしていて、これは筆記時にクリップが収納されるLAMY Swiftと似た仕組みです。
ノックボタンはキャップレス以上に長く、これもペン先を多く出して視認性の不安を解消するためと考えられます。
プラチナのキュリダスは、パイロットの既存製品を徹底的に研究してマーケティングされた、キャップレスキラーという印象です。
ニブがステンレス製である代わりに、価格も7,700円とリーズナブルに抑えられています。
「ノック式の万年筆は気になるが、試すにしてもキャップレスは高すぎる…」と感じていた自分のようなユーザー層には、まさにピッタリの仕様でした。
実際に大型文具店の試筆台で何度かキュリダスを触ってみたのですが、太めの軸は安定感があり、書き味もスムーズに感じました。
ただし鉄ペンは廉価品から高級品まですでに何本か所有しているので、キュリダスの書き心地も何となく察しがつきます。
自分にとっては未知の18金素材を体験してみたいと思ったので、今回はキャップレスの18Kを選びました。
エルメスのノーチラス
もうひとつ気になる万年筆が、2014年にエルメスから発売されたノーチラスです。
LAMYダイアログ3と同じ、回転繰り出し式でキャップのない構造になっています。
ノーチラスの中身はパイロットが作っているらしく、エルメスの海外公式サイトでもMade in Japanと記載されていました。
分解された内部の写真を見ると、ペン先ユニットはキャップレスと同じに見えます。
インクカートリッジもパイロット製のものが使えるようなので、外装と回転機構以外はキャップレスの亜種と考えていいのかもしれません。
品質や消耗品の調達についても、その点では安心感があります。
とはいえハイブランドのエルメス製品なので、発売時の価格は税抜きで18万円もしていました。
デザイナーはマーク・ニューソンで、モンブランのMシリーズを手掛けたことでも有名です。
凹凸のないのっぺりした形状は、潜水艦をモチーフにしているように思われます。
胴軸は円筒形で、一部が大きく面取りされて転がりにくい形状です。
このかたちで握り心地は未知数ですが、クリップや転がり止めの突起も省かれていて、ミニマムな外観が魅力的に見えます。
ペン先の出入りする穴はキャップレスと同じかまぼこ型をしています。
この独特の形状を生かして、扁平になった側をそのままステンレス素材で胴軸まで延長するなど、デザイン上の工夫が見られます。
ノーチラスといえばパテック・フィリップの高級時計が有名です。
欧米圏の人々にとっては、ラグジュアリーなイメージを連想させるネーミングなのかもしれません。
自分の場合は、1990年にテレビで放送された『ふしぎの海のナディア』というアニメや、ジュール・ヴェルヌのSF小説を思い出します。
キャップレスは魚っぽいと思いましたが、さらに洗練されたノーチラスの外観は、ウミウシのような海洋生物を連想させます。
ノーチラス(Nautilus)とは、ラテン語で「オウムガイ」を意味するらしいです。
同じくラテン語で「ナメクジ」という、リマックス(Limax)なんてネーミングにしても、しっくりきたのではないでしょうか?
パソコンOSのリナックスみたいですが…
エルメスのノーチラスは、中古市場でもほとんど流通していないようです。
熱心なキャップレス・コレクターの方は、パイロットの派生品として、押さえておきたい一本ではないでしょうか。
キャップレスの改善希望
このあたりを改良したら、キャップレスがもっと使いやすくなるのでは、という個人的な妄想を並べてみます。
クリップを外せるように
こうして見ると、キャップレスの競合として最近出た製品は、どれもクリップがないか取り外しできる仕様になっています。
自分はほとんど家でしか万年筆を使わないため、上着のポケットやノートにペンを挟むようなシチュエーションがありません。
ネジ式キャップの万年筆では、キャップを開け閉めする際、変な力が加わって、クリップが折れてしまわないかと心配になるときもあります。
卓上での転がり防止という役目がなければ、クリップはほとんど不要なものではないでしょうか。
キャップと胴軸に段差がなく上下対象なペンであれば、どちらかに目印のパーツが付いていた方が、向きを判別しやすそうです。
万年筆であれば、間違ってペン先を下にして収納してしまうミスも防げます。
しかしキャップレスはお尻に長いボタンが付いているので、クリップがなくても向きを間違う心配はそれほどありません。
またキャップレスやLAMY2000のように、ニブの露出が小さい万年筆では、紙面に対するペンポイントの向きがわかりにくくなります。
視覚に頼らず手触りで向きを判別できるよう、グリップをガイドする目的で、この位置にクリップが配置されたのかもしれません。
ガイド機能のメリットと握り方の制約はトレードオフになりますが、自分のように手癖の悪いユーザーでも使えるよう、クリップが着脱可能になっていれば親切だと思います。
パイロットのカクノ、また木軸や漆塗りの工芸製品では、クリップを備えていない万年筆も存在します。
セーラーのエボナイト彫刻や創業110周年記念シリーズのように、キャップ先端に「廻り止め」の突起だけ付けた、スマートなデザインも好感が持てます。
エルメスのノーチラスや、中屋万年筆の背鰭シリーズのように、胴軸・キャップが変形していれば、余計な装飾パーツがなくとも万年筆の転がりを防ぐこともできます。
キャップレスCLに期待
シャープペンシルは芯の偏りを防いで一定の線幅を保つため、頻繁に持ち替える必要があります。
特に製図用のシャープペンシルは回転時の邪魔にならないよう、もともとクリップが小型であるか、取り外せる仕掛けになっています。
パイロットの人気シリーズDr.Gripには、製図用シャーペンの仕様を意識したのか、もともとクリップのないバージョンが存在します。
現行モデルでは最高級のザ・ドクターグリップ、CL(クリップレス)のプレイバランスとプレイボーダー、クラシックの4種類が該当します。
これらのモデルでは、本来クリップのある位置には、ストラップホールのついた突起がさりげなく残されています。
キャップレスもドクターグリップやLAMYダイアログCCのように、胴軸に突起をつけてクリップを省く方向に進化するのではないかと思います。
他社製品の改良に追従して、キャップレスLSの次に出るバージョンはCL(クリップレス)になるのではないでしょうか。
キャップ式ペンの利点
キャップレスは動作がシンプルで、外した後のキャップ置き場に悩むこともありません。
持ち物を減らしたいミニマリストには、向いている万年筆だと思います。
こうした引き算の発想で考えると、「凝った機構のノック式万年筆が本当に必要なのか」と疑問に思うことがあります。
万年筆自体の存在意義までは否定しないとしても、ノック式の手軽さは他のボールペンやシャーペンに任せておけばいいのではないでしょうか。
ネジ式でも嵌合式でも、今どきキャップを外して書くというスタイルには、独特の味わいがあります。
執筆する前の儀式のようで、集中力を高める効果もありそうです。
万年筆でも水性ローラーボールでも、いまだにキャップ式のペンが残っているのは、機能上の利点以外に、何かしら精神的なメリットがあるからではないかと思います。
キャップレスの万年筆では問題になりませんでしたが、ノック式やツイスト式のボールペンでは、ペン先のがたつきが気になることもあります。
ペン先を胴軸に固定したキャップ式なら、筆記時のブレを防げるだけでなく、ペン先のしまい忘れやインク漏れのリスクも下げられます。
視覚的にも体感的にも、しっかりキャップを閉めることでペン先を保護したという安心感が得られます。
キャップありかなしか
実際にキャップレスを使ってみてノック式の便利さは実感できました。
しかしこれまでネジ式キャップの万年筆でも問題なく書けていたわけで、自宅のデスクで使う分には別にキャップレスでなくても構わないような気がしました。
キャップレスはあくまで「外での打ち合わせやメモにも万年筆を使いたい」という特殊な顧客層をターゲットにつくられた、ニッチな製品のように思われます。
ノック式が発明されたからといって、すべての万年筆がキャップレスにはなりませんでした。
一方で特異な外観にも関わらず、キャップレスが淘汰されずに長年製造されているのも事実です。
「多機能ペンと単機能ペンはどちらがいいのか」という議論と同様に、キャップレスの是非も答えの出ない神学論争になりそうです。
ミニマリストのジレンマ
万年筆業界におけるキャップレスの立ち位置は、折りたたみ自転車と似ているように思います。
折りたたみ自転車はコンパクトに収納できるので、家のなかでも保管しやすいと宣伝されています。
省スペースで持ち運びもしやすく、車に乗せたり電車で移動して、行動範囲を広げることができます。
しかし複雑な折りたたみ機構を実現するため、重量が増加し故障のリスク、メンテナンスの手間が増えます。
フォールディングバイクはそれなりに大きく重いので、折りたたんだり展開したりする作業は思ったより大変です。
タイヤについた汚れや、チェーンの油が手や服に着くこともあります。
買った直後は輪行を楽しんだりフル活用できても、次第に面倒になって折りたたむ機会が少なくなる。
その後は単なる重い小型自転車として、駐輪場に置きっぱなしということもよくあります。
アーミーナイフのような多機能ツールも似たようなものかもしれません。
携帯には便利そうに見えても、、家でよく使うのは結局、単機能のペンチやハサミだったりします。
軍隊やアウトドアの極限状況ではいざ知らず、研ぎ澄まされたマルチツールを一般人が使いこなすのは至難の業です。
「本当にこれだけでやっていく」という、強い覚悟と訓練が必要です。
機能と構造が複雑すぎる道具は、収納性や可搬性というメリットを、使いにくさのデメリットが上まわってしまうことが多々あります。
マルチペンやキャップレス万年筆も、その一種ではないかと思います。
いろいろ使ってみたけれども、最後は使いやすい単機能ペンや、構造がシンプルなキャップ式万年筆に戻るという人も多いのではないでしょうか。
キャップレス魚
最後に思いつきですが、キャップレスのユーモラスな口元を生かして、そのまま生き物っぽいモデルを作れそうな気がします。
トンボのZOOMシリーズで、かつてOCEANという名前の、もろに魚みたいなかたちのペンが販売されていたことがあります。
最近ブランドをリニューアルして発売されたZOOM L2も、逆円錐型のノックボタンがOCEANの面影を感じませます。
海外製ではパーカーのアーバンや、e+mのホエールなど、グリップを膨らませたペンはどことなく魚に似てくるようです。
キャップレスをクリップレスにして握り方の自由度を拡げ、代わりにノックボタン付近の邪魔にならない場所に廻り止めのヒレをつけます。
ボタンも若干逆円錐にして、尾びれのような見た目にします。
胴軸はキャップレス限定版でおなじみのグラデーション塗装にすれば、色違いでサバやマグロなどバリエーションをつくれます。
能率手帳とのコラボ限定版に施されていたエンジンターンの表面加工を行えば、滑りにくいウロコ模様も表現できると思います。
先端金属パーツとの切替部分は、ウォーターマン・カレンのボールペンのように、斜めにカットするのもおしゃれですね。
デシモより細身のサンマモデル、蒔絵や螺鈿でウロコのきらめきをリアルに表現した高級版など、魚ネタは発展性もありそうです。
キャップレスの魚モデルは、ぜひMOTEHRHOUSEの魚型ペンケースと合わせてみたい気がします。
ペンも入れ物も魚尽くし…
世の中のお魚ファンの方々にうけること間違いなしです。
ついでに熊本の民芸品「きじ馬」みたいなカラーリングにして、車輪付きのペンレストを添えて、ふるさと納税の返礼品として限定発売するのもおもしろそうです。
全国各地の名産品をモチーフにした、ご当地キャップレスというシリーズも展開できます。
まとめ
キャップレス・デシモの細字、中古で買ったダークグレーマイカをご紹介しました。
自分の場合は首軸についたクリップが邪魔で、うまく握れないという問題がありました。
デシモでない普通のキャップレスは若干軸が太いので、使用感がまた変わってくるかもしれませんが…
ペンの持ち方にくせがあり、LAMYサファリのような三角軸にも抵抗のある方は、慎重に検討した方がいいと思います。
一方で筆記具を正しく持つことができ、グリップの懸念がない方であれば、キャップレスは最高の相棒になり得るかもしれません。
ペン先が18Kというだけでなく、内部でペン芯ごとたわむ独特な柔らかさは、ぜひ一度味わっていただきたい格別なフィーリングです。
異形のノック式というマニアックな位置づけですが、パイロットのロングセラーとして万年筆好きなら避けて通れない商品です。
キャップレスが気に入れば、異素材・色違いと無数のバリエーションを収集できる楽しさもあります。
自分は相性が悪かったので残念ですが、予算2万円以内で2本目の金ペン、18Kへのステップアップを検討されているなら、ぜひ候補にいれていただきたい名品だと思います。