2023年10月にリニューアルオープンした、福岡のイル・パラッツォ。
九州出張のついでに、憧れのデザイナーズホテルに泊まってみました。
建築やインテリアの魅力もさることながら、フードプレゼンテーションという朝昼晩間食べ放題のブッフェが最高でした。
伝説のイル・パラッツォ
1989年バブルの最中、イタリアの建築家アルド・ロッシによって設計された建物です。
インテリアや家具はエットレ・ソットサス、内田繁、倉俣史朗といった有名デザイナーが手がけています。
オープン当時の雰囲気は写真でしかわからないのですが、デザインの異なるバーが4つもあったりして、かなり尖ったコンセプトの複合施設だったようです。
建築学生だった頃、そして社会人になっても福岡を訪れる度に、ホテルの前を歩いては「すごい作品だなあ」と感心していました。
建物の周辺には、宿泊利用しなくても見学できるパブリックスペースが結構あります。
1989年といえば、東京の墨田川沿いにあるアサヒビール本社(フィリップ・スタルク設計)ができたのも同じ年です。
日本のバブルマネーによって実現した海外有名建築家の作品として、自分のなかでは「東のうんこビル、西のイル・パラッツォ」というくらい高評価の建築でした。
リーズナブルな宿泊料金
たまたま旅行で福岡の宿を探していたところ、ホテル・イル・パラッツォ再オープンというニュースを目にしました。
さぞかしお高いのだろうと思ったら、楽天トラベル経由で1人1泊1.8万円くらい。
これで朝夕食(ついでに翌日ランチも)いただけるとしたら、ちょっと豪華な会席料理が付いた温泉旅館くらいのお値段です。
憧れの名建築に泊れて、話のネタにもなるということで、少々予算オーバーですが思いきって予約してみました。
場所は博多の中洲に近い繁華街です。
さすがにホテル内の駐車場は高くて、レンタカーを預けるのに一晩2,500円かかりました。
建築のみどころ
外観
イル・パラッツォの外観をじっくり観察すると、ポストモダン特有の張りぼて感はまったくありませんでした。
大理石も金属も、相当お金のかかっていそうな本物ばかりです。
ほとんど飾りと思われるファサードの列柱は、古代ギリシアやローマの神殿をほうふつさせます。
柱と壁の間には数センチの隙間があり、ちゃんと分節されています。
人が入れる隙間はありません。
柱の上の横材でアーキトレーブやフリーズに相当する部分、および最上部のコーニスは、緑色に塗られたリベット付きのH形鋼です。
正面以外の外壁はレンガですが、いずれも余計な装飾や凹凸がなく、マッシブな量塊の組み合わせになっています。
モチーフやプロポーションは古典的ですが、ミニマムな表情と異素材のコンビネーションは設計から30年経っても新鮮な印象を受けます。
正面は入口のドアと非常口以外、窓ひとつない寡黙な壁です。
シンプルな直方体形状は、納骨堂のようなモニュメントに見えます。
階段で上がった先の2階テラスは何もなく、この印象的なファサードを鑑賞するためだけの、ぜいたくな空間となっています。
広いテラスに屋台やキッチンカーがあったら楽しそうですが…
建物全体から発せられる「ただ者でない感」…
本物の素材と、豪奢な余白で彩られた、ミニマムな赤いモノリス。
イル・パラッツォは春吉という猥雑な繁華街のなかで、異質な存在感を放っています。
夜中に那珂川の対岸から見たら、ちょうどイベントで川沿いにレーザー光線が飛んでいました。
ライトアップされたイル・パラッツォは、ますますSF的な景観になっていました。
建築に加えて夜間の照明演出もすばらしく、日が暮れたあとも見ごたえがあります。
建築作品として海外での評価も高いのか、日本にあるのになぜかアメリカ建築家協会(AIA)というのを受賞しています。
外壁にプレートが飾ってあり、1991年のHONOR AWARDと記載されていました。
両脇の別棟
ホテルの両脇にある別棟には、お寿司や鉄板焼きのレストランが入っています。
今回は外でお食事しませんでしたが、店内がどんなインテリアなのか気になります。
本館との間にある細長い街路状の空間もおもしろいのですが、特に明確な機能はありません。
スタッフ用とおぼしきバイクや自転車、飲食店の備品が置かれているくらいでした。
派手な装飾はないものの、ゆとりのある空間の使い方がゴージャスといえます。
2階の渡り廊下につながる階段も、高価なトラバーチンやステンレスが使われ、隅々までデザインされています。
テラスや共用通路は宿泊客でなくても自由に入れるので、まわりをうろうろするだけでもイタリアンデザインの建築テーマパークを楽しめます。
客室の窓から見下ろすと、外からは死角のような壁面に時計が設置されています。
こんなところまでシンメトリーに表現しなくても…と思うのですが、見えないところも手を抜かない職人のこだわりかと思います。
エントランス
ホテルのフロントとレストランは地下にあります。
宿泊客は地下でチェックインしてから、エレベーターで上階の客室に向かうかたちになります。
エントランスは真っ青で、LEDのラインライトに照らされています。
外観は古代遺跡を思わせる赤茶けた風合いで、なかは水族館のような青い洞窟というギャップがおもしろいです。
通路の突きあたりに象徴的なバラが一輪、飾ってあります。
館内で見た観葉植物のたぐいは、これだけでした。
赤・青・緑という大胆な色の組み合わせが、イタリアらしいと感じます。
地下のレストラン
エレベーターを降りると、フロント~レストランにつながる大空間に出られます。
地下一階のインテリアは、改修で大きく手を加えられたようです。
ここも太い列柱が並んでいて、神殿のような趣があります。
建築の外壁と同じ、くすんだ赤~緑基調の広間で、アイストップに金色のオブジェが置いてあります。
これはイル・パラッツォの正面をそのまま小さくしたような模型で、オリジナルのバー(エル・ドラド)から移築されたそうです。
1989年のオープン当時、ほかに3つあったはずのバーの痕跡は見受けられませんでした。
レストランの中央にある水盤は、内田繁のインスタレーション作品らしいです。
正面から見ると、つねに揺れている水面が黄金のファサードを反射して、さりげなく動きのある照明効果を発揮しています。
客室
宿泊客のみ使えるエレベーターで上階に向かうと、廊下にもストライプのカーペットが敷き詰められています。
壁面の照明が湾曲した天井に投影している、網目状の模様が美しいです。
ホテルの客室はグレージュカラーの落ち着いた雰囲気でした。
ここは30年前からガラッと変えられて、最近の流行を反映したデザインと思われます。
部屋には淡い水色とオレンジのソファが置かれています。
見た目はデ・ステイルのように水平・垂直の面を組み合わせた家具で、クッションも硬く、あまりくつろげる感じはありません。
リートフェルトのベルリンチェアを肉厚にしたような感じで、あくまで観賞用のオブジェという印象です。
動かすには少々重いですが、2つあるソファをくっつけて一体化できます。
今回泊った部屋はそれほど広くないですが、ベッドは大きくてくつろげます。
浴室もバスタブ大きめで、ゆったりお湯につかれました。
設備とアメニティー
アメニティーとして置いてあったARGANのシャンプーやボディローションは、香りが変わっていておもしろいです。
すべて2セットあったので、使わなかった分はお土産に持って帰りました。
湯沸し器はラッセルホブスのTケトルです。
たまたま自宅で使っているのと同じものだったので、問題なく操作できました。
温度調整ができる代わりに、操作がちょっと複雑です。
はじめて使う方は、説明書を読んだ方がいいと思います。
ドリップコーヒーと紅茶のパックに加えて、デカフェも2セット用意されているのは親切です。
夜中にカフェインレスのコーヒーを淹れて、ブッフェで疲れた胃腸をいたわることができました。
アート作品
イル・パラッツォの館内には、建築家のドローイングがいくつか展示されています。
エントランスのエレベーター前にある絵画には、アルド・ロッシというカタカナの落款が入れられていました。
レストランのブッフェコーナーにも巨大な絵が掛けられています。
混雑時は食べ物を取る方の邪魔になってしまうので、じっくり鑑賞しにくいかもしれません。
ジョン・ヘイダックのヘタウマな建築絵画を、ジョルジョ・デ・キリコ風に着彩したような感じの絵で興味深いです。
エレベーターホールにある大きな鏡にも、建築家のスケッチがプリントされていました。
鏡の隣にある置時計も、内田繁の復刻デザインだそうです。
客室階のエレベーターホールも真っ赤なのですが、彩度は抑えられたカラーなので、そこまでどぎつい印象はありません。
内装や家具は現代風にアップデートしながらも、建物の外観にはほとんど手を加えず、ドローイングを展示したりしているところに設計者へのリスペクトを感じられました。
魅惑のフードプレゼン
建築とインテリアを楽しむだけでもお腹いっぱいですが、新生イル・パラッツォの売りは朝から晩まで無制限に楽しめるブッフェスペースです。
フードプレゼンテーションというのは聞き慣れないのですが、常に品ぞろえが変わり続けるバイキング料理でした。
食いしん坊には夢のようなサービスです。
朝食とランチの間、11:00~11:30の入れ替え時間以外は、朝7時から夜9時まで好きなだけお料理をいただけます。
チェックアウトは12時なので、11:30からの30分でランチを急いで食べれば、朝昼晩の3食、間に合ってしまうという計算です。
飲食利用の際は、スタッフの方からロゴ入りのコースターを受け取ります。
イタリアン中心のフードと豊富なデザートは、似たようなブッフェスタイルだとサルヴァトーレ・クオモに匹敵するクオリティーと思われます。
魚介にお魚、ハムやベーコン、肉料理がいろいろ用意されています。
彩り豊かなサラダや生野菜も豊富にあります。
1食あたり3,000円くらいの価値があると想定すれば、ホテル代の半分は豪華なバイキングで元を取れそうです。
食べ放題といいつつも、種類豊富なお惣菜やデザートの盛り付けは美しく芸術的です。
さすがプレゼンテーションというだけのことはあります。
がんばって全種類制覇しようと思いましたが、ボリュームのあるケーキやドーナツは完食できませんでした。
ドーナツだけで何種類ものフレーバーがあります。
お料理の半分くらいはスイーツで、わらび餅など和風のメニューも少しあります。
見ているだけで気分がウキウキしてくる、素敵な演出です。
今回はめずらしいチョコレートとマカロンを中心にいただきました。
ブッフェコーナーはスタッフの方が次々と補充してくださるので、食べ物が途切れることはありません。
生野菜だけでなくナッツやドライフルーツも種類が豊富なので、健康志向やベジタリアンの人でも満足できると思います。
チーズもさまざまな種類が取り揃えられていました。
朝食の時間帯はスイーツが減って、代わりに和食のお惣菜が増えていました。
とろろや納豆、そして地元の明太子も食べられるのはうれしいです。
レストランにはDJブースやプロジェクターの設備もあり、貸切パーティーにも使えそうな雰囲気でした。
別料金でガラディナーというフルコースも楽しめるようですが、基本のブッフェだけで十分お腹いっぱいになれます。
ちなみにお酒は2,100円の追加料金で、ビールとワインが飲み放題になります。
ソフトドリンクやコーヒーは無料でいただけます。
フルーツジュースはオレンジ、アップル、ピンクグレープフルーツの3種類ありました。
飲食のみ利用も可
これだけ魅力的なフードプレゼンテーションですが、11~21時のランチ・ディナーは宿泊客以外も1人1,900円と格安でいただけます。
予算的にホテルは別で泊まるとして、レストランのみ利用するのもありだと思います。
EL DORADOの地下空間だけでも、アルド・ロッシの世界観は十分に堪能できます。
ほとんど一日中レストランに入り浸っていたのですが、お食事だけ利用されるお客さんは結構いらっしゃいました。
若い人だけでなく中年の女性グループ、子ども連れの家族、外国人観光客など、客層も多彩です。
ただホテル特有のアダルトな雰囲気を維持するためか、2024年4月から年齢制限が設けられたようです。
20歳未満のみでのラウンジ利用は不可(20歳以上が同伴するなら可)なので、ご注意ください。
オープン直後で話題なのか、コスパの高さが評判になっているのか、ニッチなデザイナーズホテルとしては予想外に平日でも賑わっていました。
博多ラーメンはない
イル・パラッツォの館内でも十分楽しめますが、せっかく博多に旅行に来てラーメンを食べないのは野暮な気がします。
中洲の屋台街も近く、まわりに飲食店はたくさんあります。
一蘭総本店といった観光名所も歩いていける距離にあります。
赤提灯が整然と並んだ一蘭ビルの正面は、イル・パラッツォと似ている気がしました。
近隣にある有名建築ということで、意識してデザインされたのかもしれません。
イル・パラッツォのブッフェには、さすがに雰囲気が合わないのかラーメンは置いてありませんでした。
豚骨スープの匂いもきつくて、まわりのお客さんに迷惑がかかりそうです。
多少の入れ替わりがあるといっても、バイキングのメニューは洋食中心です。
連泊でごちそうに飽きてきたら、那珂川沿いにたくさんある屋台に行ってみるのもよいかと思います。
お土産のスイーツ
食べ放題ですでにお腹いっぱいですが、チェックインの際にスイーツBOXの引換券をもらえました。
21時以降にバーカウンターで交換できるらしく、行ってみるとお菓子の詰め合わせを渡されました。
不織布の袋やパッケージも、すべてテーマカラーの薄い緑色で統一されています。
HOTEL IL PALAZZOという田中一光のロゴも引き継がれています。
家具・照明から小物にいたるまで、抜かりなくデザインされているのはさすがです。
食器や電化製品以外の家具・照明などは、すべて既製品ではなくオリジナルだったように思います。
スイーツBOXのなかには3種類のクッキーが収められていました。
1~2人で食べるには適度な分量で、気のきいたお土産です。
まとめ
30年越しの悲願がかなって、泊まることができた博多のホテル・イル・パラッツォ。
バブルの財力と有名デザイナーの共演で実現した奇跡の建築が、現代的再解釈によってリニューアルされていました。
アルド・ロッシや内田繁のオリジナルデザインをアップデートしつつ、ソットサスやガエタノ・ペシェのキッチュな要素は巧妙に引き算されています。
生半可なデザイナーズホテルでは比べ物にならないほど、圧倒的な重厚感と存在感を堪能させてくれます。
中洲に近い猥雑なエリアにあって、ここだけヨーロッパの慰霊空間といった感じの静謐な空気が流れています。
まさに博多のブリオン・ヴェガ墓地です。
空間の魅力もさることながら、フードプレゼンテーションの飲食サービスは衝撃的でした。
吐きながら食べ続けたという古代ローマの饗宴のように、エルドラドの黄金郷で絶品スイーツを無限に楽しむことができます。
これだけ特徴のあるホテルにしては、意外とリーズナブルな料金設定でした。
福岡にある外資系の高級ホテルよりも、ずっとお得なお値段でイタリアに来たような雰囲気を味わえます。
胃腸の強さに自信がある方なら、一晩中食べ続けて元が取れると思います。
場所は博多駅に近く、地下鉄に乗れば福岡空港へもアクセスしやすいです。
大宰府天満宮など、周辺観光の拠点としても活用できます。